江戸時代は、お米がすべての価値が基本だった。
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米は貨幣の代わりだったから 貨幣経済が導入された後は米と換算できるように、
米1石を買える金額が1両と定められた。
ちなみに、大判小判が長円形をしているのは、米俵の形をモチーフにしているからである。
一両小判に刻まれている横線は,米俵のわらを表しているという。
米の量は「俵」という単位で表される。
これは約六〇キログラムで、四斗になる。
四斗というのは中途半端な感じもするが、これは藁で編んだ俵に入る米の量である。
一俵は、大人の男の人が担げるくらいの重さが1俵となった。
