ロナセン100mgを一日一回服用で何が変わったか。何も変わらなかった。就寝中に男は私の首を絞め続け、耳元では誰かが命令し、徘徊し、独り言、絶叫は続いた。恐怖から眠ることが出来ない。サイレース1mgなんて何の役に立つのだろう。クリニックに行く前と同じように明け方にならないと寝付けなかった。もし、普通の勤め人ならとっくに会社をクビになってただろう。セパゾンなんて何に効くの?
たまらずに普段通っている内科医に相談してみた。とにかく安眠したかったので、症状は単にストレスで眠れない、とだけ告げたら、エバミール2mg、ユーロジン2mg、デパス1mgを就寝前に飲んで様子を見てほしい、とのことだった。勿論これらの薬はマイナーであり、みな同じ系統の薬だ。マイナーな薬を何階建てにしたところでたかが知れていた。もらって一日目の夜、私は処方箋の2倍を服用した。2週間分出たので実際1週間分しか持たない計算だが、静かな夜がどうしても欲しかった。
その夜、私は漸く自分の希望を叶えることが出来た、と思った。午前0時前に服用し、20分程で眠気がやってきて静かな夜を迎えられそうな雰囲気になったのだ。ベッドに潜り込み目を閉じた。軽い眩暈のような、自分が空中でぐるぐる回っているような体験をしながら、次第に眠りの海に沈んでいった。しかし、その底は浅いものだった。息苦しさから目を覚ますと、またしても男が何の躊躇もなく首を締めていた。必死にもがこうとしてもからだの自由がきかない。私は男の無表情な目を見ることしか出来なかった。一切の感情もない冷徹そうな眼を。ああ、自分はこのまま窒息死するのだろうか。今度こそこれでおしまいになるのか。この体験は慣れているはずなのに何故か今回に限っては、ある種の絶望が自分の中にあった。マイナーの薬ではあったが、2倍の量を服用したので妙な期待が大きかったのかも知れない。
やがていつものように誰かが「起きろ」と命令し、何やら騒々しくなると、「男」は消え、海の底から海上へ浮上出来た。どうも「男」は耳元で命令する「人」が嫌いらしい。騒がしいのは困ったが、息はつけるようになったので「騒がしい人」に感謝しなければならないのだろう。こうなるとからだの自由が戻り、手足が動き、枕元の時計の照明ボタンを押すことが出来る。午前1時だ。やれやれ、30分程度しかマイナーの薬は効かなかったようだ。明日またクリニックへ行こう、と決め、夜明けを待った。
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