皆さま明けましておめでとうございます!

今年も観劇しまくるぞ!イェエエエーイ!!ジャスティス!!(←年末のサンシャイン斎藤工を引きずってる人)
 
今回は2016年に満を持して開幕した劇団四季「ノートルダムの鐘」を観に行って、ものの見事に飯田達郎さんのカジモドにハマったお話を致します。
あ、「ノートルダムの鐘」自体まだ3回(達郎さん2回、海宝さん1回)しか観てない現時点での解釈やハマりポイントを書いていきます。てか書かずにいられないの!!アウトプットしないと脳内が達郎カジで超満員なの!!www
 
ですので「ノートルダムの鐘」ネタバレを超含みますので未見の方はご注意下さいね。
 
【飯田達郎さんの予備知識ゼロだった私】
 
まずは達郎さんに関する私の事前知識から。えー…予備知識ほぼゼロでした!(笑)
劇団四季は例のキャスト発表システムから役者さんにハマると自分の性格上エライことになる事を重々理解していた為、敢えて見るのを避けて来ました。これ言い訳くさく聞こえると思われますが本当なんです。
単発で「オペラ座の怪人」「ライオンキング」「CATS」あたりは数年おきに1〜2回観たことがあるレベル。最近は「アラジン」を数回とか…とにかく役者さんにハマらないようにソローリソロリと避けながらキャスケが全て発表される外部のミュージカル(てかほとんど東宝)を主に見る日々。
 
なので「ノートルダムの鐘」で海宝パイセンとダブルオープニングキャストを務める飯田達郎さんの予備知識も当然ゼロ。お兄さんの洋輔さんをちょっと前に「壁抜け男」で拝見し、飯田兄弟が四季でとても有名だってことをうっすら知ってるぐらい。
なので制作発表の歌も「いや、流石にメチャクチャ上手い人だな。」というイメージでその低く魅力的な声から「かなり大人っぽいカジモドになりそうだなぁ♡」と勝手に予測してました。
 
【「ノートルダムの鐘」がいよいよ開幕】
 
当初、やはり期間限定なのが見えてる海宝カジモドを観れるのかどうかに関心を持ちましたよね。
吉原光夫さんのニコ生のお陰もあって海宝パイセンにはやはり相当な思い入れありますし。
と、同時に「『アラジン』みたいに期間限定ニーズでチケ需要が偏ったら嫌だな」って心配をしました。特殊な経歴とは言えやはり外部の海宝くんに人気が集中しすぎて、直前取引でチケットキャ◯プ暴騰みたいな状況になるのって、四季ファンにとっても海宝くんファンにとっても良いことじゃないし、転売屋が喜ぶだけなので。なのでブツクサ言っておりましたw↓ 
 
そして開幕から1週間、私がもっていたチケットは晴れて飯田達郎さんのカジモド回になりました。この時はまだ私は気づいていませんでした。この後に物凄く深〜い深〜い沼が待っていることを…(笑)
 
【達郎カジ1回目(ノートルダム初見)】

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「ノートルダムの鐘」は海外公演含めて全くの初見。達郎さんを見るのも初めて。初めて尽くしの私は演出による罠に片っ端から嵌りまくりました。
出て来てすぐ墨を塗ってヨゴシをかけてしまう達郎さんの顔立ちはうろ覚え、コブを背負い屈んでいる達郎さんの身長など知るはずもなく、ただひたすら舞台上の純粋で仕草が可愛いカジモドと歌う声の美しさのギャップに心奪われ、芝フロローに焼き尽くされました。
ラスト近くにカジモドが背中をグキッグキッと伸ばしてフロローを見下ろす場面は本気でポカーン(゚Д゚)…「え?芝さん(身長知ってる)よりどうやって大きくなったの?え?達郎さんてもしかして結構大きいの?」(←理解が追いついてないw)
そしてラストの墨を落とした顔に「このイケメンさんはどちら様で?(゚Д゚)」とほぼ美女と野獣ラスト状態w
  
 
騙されまくるわ「Made of stone」以降はしゃくりあげるのを必死で我慢しながらの号泣だわですっかり魂抜かれてお友達と浜松町まで歩きながらも何かフワフワしてました。
 
そして、翌日から凄く欲求が高まったのは「とにかく海宝カジを早く観たい!」ということ。
達郎さん見る前とは動機が微妙に変わってました。とにかくダブルの海宝くんのカジモドを早く見て、どんな違いがあるのか、達郎さんオリジナルな部分はどこなのかを確認したい!その上で達郎カジモドももう一回早く観たい!という要はこの時点でもう一回達郎カジ絶対見るんだ!という決意は固まっていたワケです。
どうにかこうにか1週間後に海宝パイセンのカジモドを無事見れました。(超複雑なキャストスケジュールにぶーぶー言いながらw)




【達郎カジ2回目】

そしていよいよ2回目の達郎カジ。

達郎さんのカジモドは仕草がとにかく子供のように無垢で純真で好奇心の塊で可愛い!そしてカジモドの内面を表す歌はどこまでも力強く美しい!
この「子供っぽく見える」のがカジモドに愛嬌を感じる要素であると同時に、フロロー同様観客も「『見た目』に騙されて内面を見ようとしてない」という事実を突きつけられてる。幼く見える仕草や不自由な身体で一生懸命動くカジモドを「まだ子供」と決めつけるフロローに対してエスメラルダは「子供には見えないけど?」とちゃんとカジモド「その人」の本質を見て指摘する。(ここには「子供なんて相手にしないだろう」「いえ、大人の男よ」っていう駆け引きも含まれてる)
観客にもカジモドの中身は「力強く、優しく、男らしい」ことを圧倒的な歌声で伝えてくる達郎カジ。凄すぎる。このカジモドは飯田達郎という役者さんの持ってるハイレベル過ぎる多彩な引き出しをフル活用してこそ成り立ってるカジモド。
 
【人との触れ合いで最初の挫折】
 
1幕特に際立つのは「Out There」を経て「道化の祭り」に紛れ込めたカジモドが周りの全てに興味津々で嬉しそうにはしゃいだり踊ろうと試みたりする動き。歪んだ顔のまま眼を好奇心に輝かせながら嬉しそうに笑うカジモドはとても愛らしい。
お祭りのクライマックスで道化の王様に選ばれて王冠と杖を受け取り大喜びするカジモド。…この後すぐに街の人々は豹変し酷い行動に出る。ここまでの達郎カジの喜びようを見た後なので本当にここは辛い(T_T)…ひたすら舞台に向かって「もうやめてあげて…そんなことしないで」と客席から泣きながら祈る私…。
その後エスメラルダに救われフロローに「お前が外に出たらこうなるんだ」と諭されても「でもみんなはこれをくれたよ」とでもいうようにフロローに王冠を見せるカジモド…。あんな酷い目に遭ったのに外への憧憬をまだ捨ててない姿にまた涙…。ひたむきであくまて純粋で心優しい達郎カジモド。フロローに諭され王冠をフィーバスに投げつけるように渡して鐘つき堂へ戻る後ろ姿は初めて挫折を味わい叱られて拗ねた子供のよう。


 
【恋に破れて2度目の挫折】
 
2幕でカジモドはエスメラルダへの失恋を体験します。「In a place of miracle」でフィーバスとエスメラルダを階段の上から見ながら「僕は醜いから」と歌うカジモド。達郎カジは「醜い」の部分を凄く苦しそうに顔の半分を手で覆いながら歌います。凄く悲しいシーンですが、同じ失恋でもそれを受け入れるどころか「自分のものにならないなら魔女として焼き殺してしまえ」という方に一気に針が振り切れるフロローは違って、「人との触れ合い」によって傷つき、時にはいっそ石になりたい(Made of stone)と思いながらも諦めずに「人との触れ合い」を求め続けるカジモドはフロローよりも遥かに聡明で勇敢な人間だと思います。挫折を味わう度に、きちんと乗り越えて成長していくカジモド。
(話が逸れますが野中フロローには「エスメラルダを殺さなければジプシーのせいで弟を見殺しにしてしまった自分を肯定出来ずに精神が保てない」というような呪縛の方を強く感じました)
 
【衝撃のラスト】ネタバレですよ!

エスメラルダが火あぶりにされ、カジモドは覚醒したかのようにその恐るべき身体能力と怪力を発揮して鐘つき堂からエスメラルダを助けに一気に広場へたどり着きます。あのダンスのステップもおぼつかなかったカジモドとは別人の力強く驚異的な動き、ここを助けるガーゴイル達の動きも絶妙で1番好きな場面です。
エスメラルダを肩に軽々と載せ、「サンクチュアリー!!」と叫ぶ達郎カジの声の太さと迫力に客席は圧倒されます。何度も「自分は強いから」とフロローに言っていたカジモドの恐るべき身体能力を動きと共に「声」でも表してて、その声には今までとは違う自信すら感じます。
ここ以降のカジモドは1幕の子供っぽい雰囲気は消え、エスメラルダを介抱し看取ります。
「愛」を説き「導く」と言うフロローに「お前に愛が分かるのか!」と迫り、曲がっていた腰や背中を無理矢理伸ばしてフロローを上から見下ろし威圧します。ここの背の伸ばし方が達郎さんは凄く上手い!芝フロローとの連携も絶妙なので本当に背が倍に伸びたように見え、フロローを投げ落とす時の達郎カジの表情は物凄く恐ろしいです。

ラスト、肩の怪我からエスメラルダを抱き上げらずに崩折れるフィーバスの頭を優しく撫で、エスメラルダを抱いて中央まで出てくるカジモド…。

ここで素顔になった飯田達郎さんがストーリテラーとしてその後を語ります。もうね…その声がね…それまでのどの場面とも違って、落ち着いた低い素敵な声なの。顔の墨を落として大人の「ストーリテラー」としての落ち着いた話し声に切り替えて来られると、もう完落ちです。コチラ無条件降伏です。大好きです←
この場面、海宝くんはその神々しいまでの顔立ちの美しさが際立って、手を合わせて祈りたくなるんですよね。
ここで2人に堕ちる観客はメチャクチャ多いと思います。(←その中の1匹w)

「ノートルダムの鐘」自体が物語も音楽も演出も最高傑作であるのと同時に、達郎さんと海宝さんという全く個性の異なる素晴らしい役者さんが演じていることも奇跡のような幸運だと思います。

これからも手持ちチケを隙あらば増やして、私の大聖堂通いはしばらく続く予定。
劇団四季さん、こんなに素晴らしい作品を上演してくれて有難うございます。「キャスケ読めなすぎ」とか文句ばっか言ってすみませんw
でもキャスケ分かり辛すぎなんで、出来たら大昔みたいにもうちょい早くFIXして下さい(←往生際悪いw)

あと、「言うだけならタダ」なんでどうしても夢見てしまうこと…。
「Someday」
いつかー♪そとからもー♪みつおさんが♪さんかしてー♪いのるわー♪フロローを♪えんじる♪そのひまでー♪
↑たつろーカジに投げ飛ばされるみつおフロローが見れたらノートルダムの鐘楼から逆さ吊りにされても悔いはないです。ハイ。