「オペラ座の怪人」が名古屋熱田で杮落とし公演として開幕して2ヶ月ほど経ちました。

杮落とし開幕のファントムに飯田達郎さんが登板されて、「熱田熱田てそりゃ名前熱田だけどこんなに熱い場所あるんかいな」と暑さと熱さのダブルミーニング食らって神宮前駅からMTG名古屋四季劇場までの徒歩10分間生き残れるかチャレンジを猛暑の中敢然と戦っておりました(側から見たらただの劇場通いゾンビです)

そんな中、達郎さん熱田登板2ターン目でまさかの海沼千明さんクリスティーヌとの共演という奇跡が起きたのでまたもや2週連続で「やや涼しくなった熱田」を訪れて観てきました。

フハハハハハハハハハハハハ…私今まで何見て来たんですかね???てぐらいファントムと「猿のオルゴール」(そっち?!)の関係について解像度上がりまくって帰って来ましたので書いてみたいと思います。

 

 

【ラウルに冒頭落札される猿のオルゴール】

ラウルが冒頭に落札するオークションNo.665番「手回しオルガンの形に仕立てた張子のオルゴール。ペルシャの服を着てシンバルを叩く猿の細工つき。このオペラ座の地下室で見つかったという品物🐒」(これ全文公式に書いてあるw)

ラウルがずーっと探していた品であるということが

🎩オルゴールこれだ

🎩あの人が『いつも』言っていた

🎩お前はどうして『あの人の懐かしい歌』を今もなお奏で続ける…

という歌詞からも窺い知れますね。

で、ここでラウルはクリスティーヌからこのオルゴールの話をどのように聞いていたんだろう?マスカレードをどんな時に歌っていたんだろう?と少し不思議に思いませんか?ファントムの存在やラストの地下室が「禍々しい恐ろしい記憶」であったならラウルにオルゴールの話を『いつも』言っているだろうか?マスカレードを『懐かしいあの人の歌』とラウルが懐かく思い出すほどいつも歌うだろうか?

ここでちょっと思ったのは飯田達郎さんはラウルとしてこの部分を何百回も演じ歌って来た人であるということ。

「ラウル役⇒ファントム役」という劇団四季史上でも山口祐一郎さん、鈴木壮麻(芥川英司)さん、佐野正幸さん、飯田達郎さんの4名しか成し遂げていない偉業が与えてくれたギフトのうちの1つが「猿オルゴールの解釈」だったの「そっち?!?!」過ぎてなんか笑ってしまうけどまぁ終わりまで話を聞いてっておくれ。

 

【海沼千明さんのクリスという天才】

ここで怪人とほぼ唯一お芝居での関わりがあるクリスティーヌについて。

海沼千明さんだとまぁ見事に「ラウルとファントムに大きく振り子のように揺らぐ」お芝居の納得感が凄すぎまして、終演後初見ぽい若い子たちが「クリスティーヌどっちなん?!てぐらいラウルとファントムの狭間で揺れ過ぎ!!笑」って言ってましたがそれを見事に演じられる海沼千明さんという才能よ!!ほんと達郎さんと共演してくれてありがとうございます。海沼さんのクリスのお陰で「猿のオルゴール」への解釈がすとんと落ちましたよ!!(だからそこ?)

海沼さんのクリスはとにかく「演技の出来るクリス」という面がとても新鮮に映るんですが、そう言やファントムってカルロッタのことを「芝居の下手な奴」扱いなのよね。だから対比としてクリスは「歌が上手い」だけでなく「芝居も出来る」女優というファントムの評価でなくてはならない。

そう考えると海沼クリスのイルムートもドンファンもめちゃめちゃ「ああそうか!」と腑に落ちるのです。あのクリスやたら芝居上手いもんね。

そしてAIAoYでラウルのプロポーズにも大喜びで応え、ファントムのAIAoYリプでの求婚にもすごく切なそうに真剣な目でファントムに向き合おうとするクリス。ファントムに対してはその「醜さ」には驚きはしてもブケーを殺す前までは音楽を与えてくれた天使に崇拝と尊敬と人間としての愛情も持ち始めていたのかもと感じさせる。そう、ファントムがブケー殺すまでは…

 

【達郎さんファントムの生い立ち】

母にも嫌い抜かれてマスクで醜さ隠されたファントム。

きっとその生い立ちは母親に愛されず「愛されないのは醜さゆえ」と絶望しながらもひたすら他者からの愛に焦がれ、美しいものに憧れ、ペルシャでは美しい建造物を建て、オペラ座の地下で美しい音楽を生み出し、美しい地下室の空間を作り上げて来たんだろうなと想像させます。

ここで「猿のオルゴール」て彼にとってどんな存在なんだろう?と考えた時にイメージするのは映画版のように物心ついた頃から唯一の友人でありずーっと自分の分身だったのだろうな…と。

ペルシャ服を着せたのはペルシャの王様に鏡の迷宮を建てた頃かもしれないし大切に少しずつあの形にオルゴールとして仕立てて来たように思います。

そしてクリスが眠っている時に流していたオルゴールの優しい音はきっと「子守唄」代わりなんだろなと。

ファントムって母親から「子守唄」など聞かされずに育ったと思われるのであのオルゴールは「自分が歌われたかった」「自分は歌われなかった」子守唄を代わりに歌ってくれる存在として作り上げ、常にファントムの傍らにあったんだなぁと考えると涙が出て来ます。

 

【達郎さんのファントムと海沼さんのクリスティーヌ】

海沼さんのクリスティーヌはファントムの「歌声」と自身の歌声の才能を伸ばしてくれる教えに完全に心を捧げていて、女優として舞台で輝きたい!!という強い意志とキラキラと明るい力強さがあります。

なので「音楽の天使の言うとおりに練習したら歌えるようになった」ということへの絶対的な感謝と崇拝にも説得力があるし、もしアンマスクドでクリスに仮面を返してもらったときにファントムが「仮面に隠れて自らを偽る」ことを捨てて素顔のままクリスと向き合う選択をしていれば結末は変わっていたかもしれないと思わせられるクリス像。

海沼さんのクリスに対し達郎さんのファントムは堂々と見えながらも精一杯自らの「本当の姿」を隠し、音楽を与えられる「師」として、クリスが望み自らも望んだ歌の才能を伸ばせるように厳しく根気よく教え導いてきたのだろうなと。

これまでは姿も現さずクリスの才能を伸ばして来たのにラウルが現れて「奪われてなるものか」とバッチバチにキメて姿現してクリスを地下室にいざないドヤ顔で花嫁人形みせちゃうご乱心ぶりだけど本当の愛を知らないファントムからしたら花嫁人形もクリスが喜ぶと思ってしまったのもまぁ理解できる。

そして気を失ったクリスがベッドから目覚めるまで優しく側でメロディを奏でていたのは猿のオルゴール。海沼クリスが起きた時にオルゴールを不思議そうに見ている姿が印象的でした。

 

【猿のオルゴールに残したファントムの想い】

達郎ファントムと海沼クリスは

🎭ファントム「顔が醜い自分は愛されることはない」

👰‍♀️クリス「殺人を犯すような醜い心の持ち主には寄り添えない」

という点で完全に結ばれることは無い方向に離れていってしまったけれど、それが無ければファントムが望んだように「共にどこまでも2人で」が叶ったのではないかととても思えるお芝居だったのですよ。

ポイントオブノーリターンはファントムとバレる前までは舞台上で二人の歌と魂がぶつかりあい正に曲の歌詞のように溶け合って情熱的なタンゴの場面を演じており、クリスもファントムもお互いが舞台上に溢れる「passion」に酔いしれています。相手がファントムと気づいたクリスがフードを取った瞬間、達郎ファントムの凍りつき見開かれた大きな目には驚きと悲しみと「回帰限界点」を超えた先に待つのがクリスの愛ではなく「夢の終わり」であったことへの悄然とした戸惑いが溢れていました。

クリスティーヌは捨て身で舞台上でプロポーズをして来るファントムの自分への想いを全て受け取った上で「殺人を犯すような人間とは一緒に生きていけるはずはない」ということを諭す。そこに至るまでファントムは「自らの容姿の醜さ」への執着により自分で自分に呪いを掛けてしまい、彼を嫌った母や行く先々で迫害し追い詰める人たちとクリスティーヌはきっと同じだと決めつけ暴走してしまったが、クリスは他の人間とは全く違う目で自分を見てくれた唯一の存在であったことにラストでキスをされて初めて気づく…

クリスがラウルと共に去ったと思ったファントムがまるで子供のように小さくなって猿のオルゴールに歌う「マスカレード」。その後ろ姿をクリスティーヌは見ていたし、猿と同じように手を叩きながら猿に泣きながら歌いかけるファントムの姿はきっとクリスの心にもずーっと残り続けたんだろう。

そしてクリスにラウルとの子供が生まれ(notグスタフ)子守歌にオルゴールと同じ旋律の「マスカレード」を歌い聞かせていたのだろうなと想像します。


椅子に座って最後の最後に猿のオルゴールを見つめて目に優しい光を湛えてから消えていく達郎ファントムが猿に残した思い。そしてきっとあの後もファントムとの音楽を求め続けた記憶に心の一部を囚われ続けたであろうクリスとファントム心を繋ぐ「共通の存在」があのお猿さん。

お猿さんは誰も居なくなった地下室で永い時を過ごし、時々あのメロディを一人で奏でていたのかな…と思うと…うわーーーーん!!お猿さーん!!(そこ?)ともう号泣してしまうんですよ。

 

【飯田達郎さんが描く物語の「救い」】

これはカジモドでもファントムでも飯田達郎さんが演じるキャラクターに共通して感じるんですが、どんなに悲しい結末にも必ず観客が「救い」を感じられる瞬間を与え、ただただ悲しく悲惨な結末だけでなく「ファントムは(カジモドは)救われたのかもしれない」とこちらに思わせる余白と余韻を与えてくれているように感じます。

きっと役への『愛』がそういう形で達郎さんの身体に降りて舞台から消えるその瞬間にフッと一瞬の光のまたたきをそこに残して去って行かれるからかなぁと。

達郎さんのファントム、まだまだ熱田で沢山見る機会がありそうなのでどうか多くの方がご覧になられますように。

そして私が行く日はいつものように客席でもロビーでも神宮前駅までの帰り道でもサラウンドで鳴り続けるこだまのように「飯田達郎さんだ」「飯田達郎さんのファントムだ」「飯田さんね。覚えて帰ろ」「飯田さん…」「飯田さん…」てざわめきにまた何度も包まれたいです。

あ、東京から乗るのはこだま🚅じゃなくのぞみ🚅ですけど(どうでもいい)