先月の終わりから今月の頭、5日間も彼女が来ていた。
 こんなことは、おそらく遠距離になってから初めての経験だったろう。

 卒業試験の再試に一つかかっていて、バタバタの時に食事を作ってくれたり、話しかけてくれたりしてとても気持ちに余裕が持てた。

 飲み会の二次会のあとは、二人でバーに行き、午前四時まで飲んで、ラーメンを食べて、タクシーで帰るなんて言うちょっと大人のデートのようなことも経験できた。
 4年と半年が経過した。
 その日に、一緒にいられたのはとてもうれしいことだった。

 しかし、今回はいろいろ冷静に考える機会にもなった。

 「彼女では勃たない。」
という言葉を彼女に投げかけた。
 これは、彼女を傷つけてしまったようだ。
 そもそも、彼女はそんなに性に対して興味が無いと思っていたし、以前のブログに書いたように、彼女は結婚するまではそういうことはしたくないという希望を持っている。

 今日まで戯れるようなことはしてきたが、そういう最後まで行為をするようなことはなかった。

 だから、「もうイチャイチャ戯れるのはしなくていいよ。襲わないよ。」という意味だったのだが。


 さらに、言葉をつづけた。

 彼女は彼女だけど、もうこれだけ一緒にいると家族みたいなものだ。
 自分の親や兄弟にに欲情しないのと同じように、自分の彼女をそういう対象としてずっと見ないようにしてきているから、そういった気持ちが弱まったのもある。

 あと、ここからは本人には言わなかったが、いつもベッドの上で戯れるのは、性欲のある僕をある程度満足させるためなのではないかと考えているのだ。
 「本番は出来ないけれど、せめて罪滅ぼしに。
 せめて少しは相手をしてあげないと…。」
と考えての行為なんじゃないかといつも思ってきた。

 だから、いちゃつくとなんだか罪悪感にいつも駆られてきた。
 興奮しても本番はない。
 だから、興奮してもむなしいという気持ち、興奮しても「我慢できなくなってはいけない。彼女に興奮してはいけない。いけないことだ。」という気持ちを常に持ってきた。

 そういった部分で、精神的なEDのようなものになってしまったのかもしれない。

 これは、もし彼女と結婚したとしても続くのだろうか。
 結婚する前に体の相性も考えておいた方がいいなんていうことをよく聞く。
 そういった部分でも常に不安がある。

 逆にいえば、そういう行為をしなくても楽しく過ごせる、お付き合いが続いてきたわけだから、歳をとっても楽しくやっていけるのかもしれない。
 貴女を彼女にしているのは、体が目的じゃないんだと4年以上にわたって示してきたつもりだ。
 彼女のことは大好きだし、悲しそうな顔をされたら辛い。
 一緒にいると嬉しいし、彼女が他の男と付き合うなんて考えたら耐えられない。
 だから好きなことは好きなのだ。
 でも、性的な部分に関しては不安が募る。
 自分の性欲が弱いわけではない。むしろ強いがために。

 それから、生活に関してだ。
 今まで僕も彼女も学生であったり、学生と社会人だったりと互いに忙しい生活を過ごしてきた。
 だから、当然家事は分担することが多い。
 風呂掃除は僕がやるし、洗濯も協力したりする。
 掃除は比較的僕の担当だろうか。

 一方、特に最近彼女は食事を作ってくれる。
 まあ、三食毎日きちんと…ということまでには至らないが。
 (でも、彼女も仕事のせっかくの休みに来てくれているのだから、主婦のようなことをさせてはいけないなと思うので、外食も特に問題ではないのだが。)

 ただ、来年度からは二人で、それも僕の地元で生活しようと考えている。
 結婚を前提にだ。

 彼女は1月末あたりで仕事をやめ、一緒に生活を始める話が出ている。
 だが、ここが非常に不安な部分だ。

 彼女に仕事が無くなったとき、彼女はどういった行動に出てくれるのだろうか。
 彼女は働いていない。
 僕は来年度から働いて稼ぐ。
 そう言った状況になったときに、きちんと家事をしてくれるだろうか。

 育ってきた環境は一人ひとり違う。
 だから、全く同じ環境を求めるのは酷だと思っている。
 自分の母親が専業主婦でそうしてきたからと言って、同じようにしてもらうと言うのは難しいのはよく分かっている。

 だが、脱いだ服はまた着るからと畳もせず、ハンガーにかけもせず床にそのまま置いておいたり、ドライヤーを使ったら使いっぱなしだったり、靴は揃えて脱がなかったりと、だらしない部分が目につくのだ。

 僕の母はと言えば、完ぺきではない部分もあるが、毎日掃除機をかけ、家を整理し、逆に「使ったものをその場で片付けなさい。」と僕を叱るくらいだった。

 彼女の家は共働きだ。
 毎日掃除機をかけたいなら、帰ってきて自分ですればと言われたこともある。

 一人暮らしならまだしも、足の踏み場に困る家や、埃や髪の毛の散らかる家には帰りたくない…。
 おそらく彼女が働かなくても十分に食べていける生活を保障できるだろう。
 だからこそ、専業主婦で支えてもらいたいのだ。
 休日であれば、いくらでも手伝うから…と。

 まだ籍を入れずに来年一年くらいは一緒に生活する…ということだろうか。
 彼女には働かないようにしてもらったうえで。

 でも、そこまで言って、結婚を断ることは出来るだろうか。
 子供が早く欲しいと言っている彼女だ。
 僕が学生だからということでもう3年も待たせている。
 彼女を待たせているという罪悪感も強い。
 ここで結婚を無しにしてくれと言えば、それはもう彼女の時間を奪ったようなものだ。
 わざわざ地元にまで連れて行った上で。
 仕事を辞めさせてまで。

 親御さんにも何度もあった。
 とてもよくしてくれた。

 彼女に対する情も相当強いし、上で述べたようにもう家族のようだ。
 彼女を失いたくはない。

 でも、人生のパートナーとして、自分を支えてくれるのか。
 不安に思う部分は強い。

 好きな相手と結婚する相手が違うなどというが、なんとなく今なら分かるような気がする。
 女の人は男の収入面でそういうことを言うのかもしれないが、男としても働く自分を支えて家庭を守ってくれる女性が…というのがあるのだと感じた。

 これは、結婚というものに向かうときに抱える不安なのだろうか。
 それとも、彼女の行動や今までの接し方で僕が冷めてきてしまったのだろうか。
 それとも…国家試験への不安のせい?

 どうしてしまったのだろう。僕。

 楽しいこともある。
 でも、不安になることの方が強い。
 いきなりだが、たった今彼女としていたLINEの会話を読んでいただきたい。

ぴ(僕)「googleカレンダーに詳細はあげておいたから、見てみてね。」

N(彼女)[カレンダー良く分からん。」

ぴ「12月の予定のところに入ってるよ。」

N「変えてから見えないよ」

ぴ「なにを?」

N「出た!」

ぴ「なにが?」
ぴ「主語をいえ、主語を…ヽ(# `Д´)ノ」


N「まだ11月の勤務だから12月はまだ何とも」
N「予定」


ぴ「11月の予定が出たの。早いね。」

N「怒るなよ…。」

ぴ「Nの日本語が分からなすぎる(´;д;`)」

N「まだ出てないよ、勤務希望の紙が貼られた」

ぴ「あれ、予定が出たって言ったじゃん。」
ぴ「???」
ぴ「もうわけわからない(´;д;`)」


 今見ると、なんとなく意味がわかるような分からないような。
 おそらく、予定といったのは、12月に共有のgoogleカレンダーにあげた予定が見れたということなのだろう。
 でも、LINEをしているとき、僕の中では11月の彼女の勤務予定が出たのだと勘違い。

 彼女はいまだにスマホの文字入力をガラケー時代と同様に連打で入力をしていて、文字入力数を増やしたくないのは分かるが、話が全く分からないことが最近多い。

 話は変わるが、私の母親もそうだ。
 主語を省きすぎたりして、何を言っているのかわからないことが多々。
「伝わればいいの。」
 というが、伝わっていないのだ(笑)
 ところどころ助詞もおかしくて、国語のテストで書いたら赤点を取りかねないものだったりする。


 「女性は気持ち、男性は下半身。」なんて言葉を良く聞く。
 しかし私から言わせると、(少なくとも私の周りの女性は)気持ちが強すぎて、論理的に説明できていないような気がする。
 自分では分かっていて、それを伝えているつもりでも、相手にさっぱり伝わっていないことがあったりする。

 こんな時、女性に
「もっと論理的に話して。」
というべきか…
「うんうん、そうなんだ。」
と良く分からないまま相槌をうっておくべきか。

 彼女とのコミュニケーションに悩む。

 ちなみに…

 未だ彼女の
「変えてから見えないよ」
は見当もつかない。
思い出帳というものを知った。

 旅行先の宿で旅の思い出帳というものを宿の方に渡し、お願いするとその宿ごとのオリジナリティーあふれる文言や絵を書いていただけるということらしい。

 そもそも僕も彼女も旅行が大好きで、彼女はどうかわからないが僕に関しては綺麗で高いホテルも好きだけれど、旅館の雰囲気やサービスの感じが好きだったりする。

 物すごく古い旅館なんかにも宿泊したことがあった。そういう旅館での思い出を一つ一つ残していくことが出来たらと思う。

 思い出帳という検索をすると、たくさんの「ようちえんのおもいで」がヒットしてしまう。

 いろんなワードで検索をしていくと、どうやら旅の思い出帳というのは、和綴じ帳というものを購入し、表紙に旅の思い出と書くことで完成するようだ。

 株式会社井上紙店という和紙のお店のホームページにたどりついた。
 様々な用途の、様々な色の、様々な大きさの和紙製品たち。

 どうせなら、彼女と自分だけではなく家族にも購入しよう。
 全部で五冊購入させていただいた。

 和綴じ帳(大) 雲竜紙表紙 約26×19cm

 一冊当たり1200円ほど。
 注文をするとすぐに届いた。

 クロネコヤマトの方から受け取った瞬間、驚いた。
 和紙に包まれて届いたのだ。

 丁寧に開けてみれば、柄の無い白い部分を外側にして包んでくれていたので、また何か包むのに使えそうな…。
 なんだかすごくうれしくなった。

 中には段ボールで折れ曲がらないよう丁寧に梱包され、それを取り除くとまた二重に綺麗な和紙で包んである。

 自分たちの作った製品を丁寧に扱う職人さんたちなのだと、とても感動した。

 中には
「厳重すぎる。」
「あけるのに時間がかかる。」

 そういう意見を言う人がいるかもしれないが、私には、自分の頑張って作った製品を完璧無状態で届けたいという職人さんの心意気が感じられた。
 自分の作った製品を、大切に扱う。誇りを持つ。
 そう言った姿勢は伝わるものなのだなと本当に感動したのだ。

 和紙で包んでいるのも、私たちの作っているものにはこういうものもあるのだと、アピールにもなっているのだろう。

 amazonなどで商品を購入することも増えた昨今。
 段ボールで送られてきて、ビニールで動かないようにとめられた製品は確かにきれいだ。

 そんな生活の中だからこそ余計にそう感じてしまうのかもしれないが、井上紙店さんの包装に感動した。

 和綴じ帳はとても優しい感じがした。
 初めて買うものだから、どういいかなんて比較する対象がないが、僕にとってスタンダードはこれになるのだろう。

 彼女との思い出を、この和綴じ帳に綴っていきたいと思う。
 旅が大好きな彼女だから、きっと喜んでくれるだろう。

 50を過ぎた両親。子供たちも別々に住むようになり、二人きりで生活している。
 これからもたくさん旅行に行って欲しい。
 そして、プレゼントする和綴じ帳にたくさん思い出を貯めていって、こんなところに行ってきたよなんて会話が出来たら嬉しい。

 家族に向けて。
 彼女に向けて。

 たくさんの思い出を、和綴じ帳とともに。
 新しい和綴じ帳を買うことになる頃には、たくさんの思い出が出来上がっているだろう。