我が家が今食べているお米は、道央のとある農家さんから買わせていただいた「ゆめぴりか」。
今までずっとななつぼしを食べていたのでよく知らなかったけれど道北の農業試験場で育成された品種だとか。
「ピリカ」はアイヌ語で「美しい」とか「好ましい」。
さてこれを玄米のまま食べたいが全く精米せずに炊くとちょっと硬いので十数秒だけフードプロセッサーにかけている。
玄米の食べ方に関しては諸説あり、以前は「発芽させないとなんちゃらかんちゃら」っていうのを気にする故にしっかり浸水させて少し発芽した頃に炊いたり、小豆を混ぜて炊いて発酵玄米にして食べたりしていた。
発酵玄米に関してはもっちり美味しいんだけど漬物を食べているからいいかと思ってやめた。
以前は「こうしないと危険」とか「その食べ方は間違っている」だとかいう情報を気にしがちだったけど、自分で確かめるには果てしないことだし実際は特に気にしていないことに気付いてからは普通に炊いて食べている。
仮に気を付けなければいけないことがあったとしても、添加物たっぷりの加工品等とはレベルが違うよねと思う。
食べている家族も不調を訴えるどころかお通じもよくなり体に合っているようだ。
旨味がたっぷりでぷちぷちとして美味しいし(塩を入れると尚よい)、よく噛むことで満足感が増すので一度に食べる米の量が減った。
1年分買えたはいいものの麹に使ったりもするので3食をまともに米にしていたら恐らく足りないし、玄米の場合1日1回でも十分な栄養を摂れると聞いたことがあるので、無理のない程度で何食かを麺類や粉ものにしたりしている。
米を自給できない限りは買うしかないのだが、そうやって主食に代わる何かを少し考えてみるのもいいなと思い始めた。
米は勿論これからも食べ続けていきたいが、古代米や古代小麦も食べてみたい(栽培してみたい)し、根菜だって主食に良い。
最近この国はあまりにも多くの良きものを失っている気がする。
色々な情報が飛び交っている今、翻弄されず物事の本質に目を向け自分が大事だと思うものは時代のせいにせず自分ができる形で守っていきたいし繋いでいきたい。
そんなことを時々思いながら今朝も半熟目玉焼きと納豆のせ玄米(最近ずっとこれ)と沢庵とニシン漬けとみそ汁をいただいたのだった。
この先いつまでこうして米を食べることができるのだろうと思ったりもするが、そのうち稲作にも挑戦するようになったら「米」に対する知識が増えるだろうし考え方も変わるだろう。
この先を悲観するのではなく、一から手をかけてみることを楽しみ、結果に驚き、いつだって自然が手を貸してくれていることを意識していたい。