夫は長いこと仕事に対してストレスを抱えていた。
だけど家庭にそれを持ち込むことは一切なく、代わりにそのストレスは体の不調として少しずつ現れてきていた。
小さいころから悩まされていた気管支炎に加え、一見緊急性のないような小さな症状が頻繁に出るようになった。
その小さな症状はそのうち目立って現れるようになり、病院で検査を受けたりもしたが何も異常はないとでる。
その瞬間はホッとするが、おそらくこれはストレスによるものだと思った。
そしてもう心身共に限界だというサインだったと思う。
今になってその当時の写真を見返すと不自然に顔が浮腫んでおり、どこか表情が暗かった。
これ以上我慢し続けると取り返しのつかない病気になった可能性もある。
子供も3人いて家や車のローンが残っていてまだまだ働かなければいけないという責任感にも押しつぶされそうになっていたと思う。
もっと自分の人生に重きを置いて欲しい。
辞めていいんだよと夫に言った。
夫も心を決めていたのか、辞めると言った。
職場では案の定、あと数年で定年退職なのに馬鹿だと散々言われたそうだ。
しかしそれから夫は憑物が取れたかのように生き生きとし、先の人生を真剣に考えるようになった。
夫が仕事を辞めると決めてから退職の日までの数か月間は目の前の問題を解決することに集中した。
夫は次の仕事で必要になる免許の取得をし、スーツを新調して面接へ向かい、見事合格した。
しかし同時に、この先仕事に就いたとしても結局ローン返済に追われ、縛られ、身動きが取れず自分の人生を楽しみ切れない現実になるとしたら結局同じことになるだろうとも考えていた。
だったらいっそ家を売って身軽になって、本当にしたいことができる生活環境に変えていったほうがいいのでは。
その時の家は大好きだったし一生住むつもりでこだわって建てた家で、とても子育てがしやすく物理的には幸せだったが、手放すことを考え出したときに意外と執着心はなく自分はこの「心地よい居住空間」に縛られてはいないんだなと思えて嬉しかった。
生きるということは毎日の生活の積み重ね。
これからは一日一日の質を良くすることに力を注いでいこうと決めた。
運が良いことに当時住んでいた家と土地の価格は上がっていた。
近所に、家を売ってローン完済して別に家を建て直したという強者もいた。
我が家も子供たちに手が掛からなくなってきていたし、次のステージに切り替えるタイミングとしても良かった。
試しに家を査定に出して、同時並行で中古物件を探し始めた。
結局夫が面接を受けた企業からの内定は断ることになり、張り切って新調したスーツとビジネスバッグはお蔵入りになってしまった。
それも良き思い出。