私は小さい頃から漠然と山や草原や海だとかが好きで、中学生までは「探検」と称して家から少し離れた草っぱらや水源地で遊んでいた。
大人になってからも、街から離れたところをドライブしながら自然溢れる景色を見ては想いを馳せた。
こんな緑の中で暮らせたらどんなだろうとか、海を見下ろせる高台に建っている家を眺めて自分がそこに住んでいる妄想をしたりして一人楽しんでいた。
ありきたりなことだけど、こんな理想が常に心の内にあった。
仕事をいくつか経験して結婚して、子供を授かって、落ち着いた頃介護施設で働く機会があった。
介護士ではなかったが入居している高齢者の様子を見ているうちに人間関係や死生観について深く考えるようになった。
「自分の為ではなく周りの人の為に」とか「自分のことは犠牲にして周りを尊重するべき」みたいな考え方を美徳とし、違う意見を持つ者には圧力をかけるようなこの世の中の雰囲気に疑問を感じていた。
自分を大事にできない人が周りの人を大事になんかできるものかと悶々としていた。
いつしかその気持ちは「私は我慢しない、したいことはするししたくないことはしない」という意思を一層強めるエネルギーに変わっていった。
思えばそれまでもやりたいことはやってきたし、我慢をしていたわけではない。
それでも数々の小さなブレーキがかかっていたことに気が付き、フルスロットルで行くことに決めたのだ。
ある日いつものように出勤して職場に着いてすぐに「あ、仕事辞めよう」と直感的に思い、会社に2か月後に退職する旨を伝えた。
気の合う職員との他愛もない会話がとても好きで離れ難かったが、きっといい方向に行くという確信があった。
それからますます自分と向き合う時間が増え、本当にしたいこととは何か、どんな暮らしをしたいか、どこでどんな風に人生の終わりを迎えたいかまで考えていた。
決してその時の暮らしに不満を抱いていたわけではなく、深刻になっていたわけでもない。
きっかけの一つとして、私が師匠と称する方から「味噌造り」と「釣り」を教えてもらったことがある。
どちらも普段買って食べているものだが、いちから自分で作ったり釣ったりすることに強烈な幸福感を覚えた。
深堀りするうちに見えてくる仕組みや本質にどんどん引き込まれていく。
釣りを始めてから茶色く日焼けした私の顔を見て「凄く生き生きしている」と言ってくれた人もいた。
もうなんでもできる気がするほどにエネルギッシュだった。
そこからどんどんアイディアが派生していきやってみたいことも増えていき理想とするものが見えてきたころ、夫にも転機がやってきた。