「さて、仕事をはじめさせていただきます。」
私は鞄から仕事道具を出しました。

金属のトランクのような鞄を開け、私が出したものは赤、黄、青、白、黒。

たった5色の絵の具の缶。
それから筆が3本にハケが1本。

金属のパレットと筆洗の小さなブリキのバケツ。



「少しでいいのでお水を入れて下さいませんか?」と私はバケツをお母さんに渡しました。


子供達は興味深げに遠くから様子をうかがっていましたが、ようやく恐る恐る近づいてきました。

「なにするの?」
「これはなに?」
「お水は大事なんだよ。」
「食べられるの?」

突然の子供達の矢継ぎ早の質問に、面食らった私はマニュアル通りに鞄内部のポケットから飴を二粒取り出し彼らに渡しました。

「食べてごらん。」
私がそう言うとお兄ちゃんは訝しげな表情を見せ、父親に飴を見せました。

お父さんはそれをみて、「やぁ、懐かしいな!いいんですか?こんな貴重なもの。」といい、息子に口の中でなめて溶かす食べものであることを説明しました。
2人の子供は口に飴を入れるや否や随分驚いて、一度つまんで眺めなおしたりしました。

私はこの仕事を与えてくる組織から作業をスムーズにすすめるツールとして、合成の飴を渡されているのです。

「昔の飴のように砂糖でできているものではありませんから、沢山食べるとおなかがゆるくなります。」
お父さんにそういいながら、私はトイレがどこなのか気になり、回りをもう一度見回した。

『あった…。』

部屋のすみに床下収納のようなものがあり、小さくピクトグラムの男女マークが。


長旅でトイレにしばらく行っていなかった私は仕事の前にトイレを借りることにしました。

床板をあげ、はしごをつかって薄暗い地下に降りるとただ床に穴が空いており、ホウロウの蓋がしてありました。
用をたし、目の前のフラッシュボタンを押すと穴の中に一瞬地中の奥深くが見え、恐ろしいものを見た気がしました。

怖くなり身震いしたあと、エアシャワーで手を洗い、はしごを上がって居間にもどります。

子供達が口の中の飴をみせあってはしゃいでいました。


さて、今度こそ仕事を始めます。

先ほどの絵の具の5色全てをパレットに絞りながら私は、大人2人にリクエストを聞きました。


「ご希望はどのようなものですか?」


「海辺…」


つづく