少しずつ時間をかけて歯医者に
通うようになった
以前は1年のほとんどの時間を
仕事に捧げ、臥薪嘗胆を志し
治療できずに痛む虫歯は
会社で得られる称賛の些細な
代償だと思っていた
ある日、痛みに耐えた末
とうとう歯が2本抜けた
でも仕方がないことだと思っていたし
それ以上に死ぬような思いなんて
何度も経験したのだから
空港で半日以上拘束されたこともあったし
車のGPSが故障して砂漠の真ん中で
途方に暮れて一夜を過ごしたもあった
拳銃を突きつけられたり
ニューハーフ2人に押し倒され
犯されそうにもなった
このぐらいの経験をしてこそ
商社マンとしての勲章が1つずつ増えて
いくのだと思っている
歯が抜けたことなんて
たいした傷ではない 勲章だ
嫁はことあるごとに歯が無いおれをイジる
笑顔が更に滑稽になっても有りのままを
受け入れてくれているようだ
数日前、土曜日の昼下がり
嫁は団体のメンバーたちとチャットを
楽しんでいた
嫁は「旦那に歯が生えますように」と
メッセージし、メンバーたちがそれに
応えてくれた
みんながおれに「歯が生えますように」と
「傷ではない 勲章だ」とプライドが
信じ込ませようとしているのか
称賛を得るために歯が抜けたことを
正当化しなくては耐えられないのか
ちっぽけなプライドの争いに自分自身が
巻き込まれていたような気がする
みんなが俺の中の小さなプライドを剥がし、
そこにたくさんの絆創膏を貼ってくれた
ように思えた
主人を失った歯茎が2カ所、
暖かくうずいたような気がする