村上春樹が、獄舎からの質問に答えたものをまとめた本です。
4万通弱のメールが届き、村上春樹はそれにすべて答え、
すべてのメールへの返信は期間限定でネットでも公開されていますが、
そこから選ばれた473通が本になりました。


私は古い言い方ですが、ダブル村上では村上龍が大好きでした。
文学少女で、こしゃまくれた内容の小説も書いていた私は
村上龍が芥川賞を取った1976年、その小説に多大な衝撃を受け、
私には才能がないことを悟り、以後、ペンを置きました。
少々早いあきらめであったかもしれません。
が、ティーンのうちにしっかりあきらめられたので、
その後の人生は堅実に歩むことができたのかもしれません。
それに対して、村上春樹との出会いは、普通でした。
おそらく「風の歌を聴け」から、長編は欠かさず読んでいますが
ふ~~ん、こんなものかな。で、結論は? という感じで、
読んではいるけれどファンではない、というスタンスが長く続きました。
その私が、村上春樹好きです、と言うようになったのは、
ここ10年ぐらいかな?
勤務先で、文学の授業を担当することになり、
海外でも人気で学生達も翻訳版を読んだことのある作家ということで
村上春樹リクエストがあり、授業でも使い始めました。
授業で小説を読む、ということは、そのために何回も何十回も読み、
自分なりの解釈築き、世間での解釈も理解し、研究論文があればそれも読み、
ネットでの評判も目を通し、とそれなりにしっかり準備が必要です。
そのように何回も読んでいると、なんだかとっても良いんです。
つまらなかったはっきりしない結論にも味わいを感じ、
なんと言っても音読すると、その美しい日本語にうっとりします。
現代小説は音読を前提には書かれていないでしょう。
村上龍の小説は音読していたら苦しくて先に進めないと思います。
でも村上春樹の小説は、声に出して読み、音読を共有することに
よって、より味わいが出、内容が頭?心?に入ってきます。
まずは音読で不思議な魅力に惹かれた村上の小説ですが、
何度も読むうちに、はっきりしない結論に涙することもしばしば
起こりました。
もちろんいらだちからではなく、感動からです。
はっきりしないことから、何か自分なりの結論が見つけられるように
なってきたのです。
これは単純に繰り返し読むことで、内容をより理解できたことからなのでしょう。
授業で使うということもあり、あまり長編は読むことができません。
短編が中心です。
が、短い小説の中に込められている様々なメッセージは
志賀直哉に勝るとも劣らないのではないでしょうか。
特に好きな小説は
「かえるくん、東京を救う」
2011年以降、苦しくてしばらく読めなくなっていたのですが、
今年、久しぶりに使ってみました。
最後のかえるくんが消滅するシーンは、涙なくして読めません。
「像の消滅」も好きです。
これは結論が分かりやすいかもしれない。
メッセージも分かりやすいかもしれない。
でもその分かりやすさ以上の大人さが好きです。
「沈黙」は村上春樹らしくない小説です。
非常にリアリスティックです。
こんな人間、私の周りにもいる、と思える登場人物ばかりです。
不思議な人はいません。
不思議なことも起こりません。
が、だからこそ、何をなすべきか、村上はその方向性をはっきり示し
私達にも問いかけているのでしょう。
長編では、最新作が一番好き、と言えるでしょう。
今のところ、「色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年」は
私の判断では中編なので、「1Q84]が好きかな。
授業で使う時の小さな苦労、
好きな村上作品はたくさんあるのですが、一応、大人相手ですが授業なので、
あまりセクシャルなシーンが出てこないものを選ばなければいけません。
「1Q84」も抜粋でも授業で使いたいのですがあ、結構、私のガイドラインに
抵触する場面が多く、まだ使えていません。
村上春樹と私のヒストリーが長くなりましたが、
今日、村上春樹を取り上げたのは、「村上さんのところ」について
書きたかったからでした。
戻りましょう。
ウエブはちらりとしか見ていませんし、本もまだ最初の方しか読んでいませんが、
村上春樹の返答、なかなかいいです。
彼は彼のファンのことを、世間で言われる「ハルキスト」ではなく、
「村上主義者」と名のったらどうか、と書いています。
昔の共産主義者みたいだと。
お説教でもなく、諭すわけでもなく、
ゆる~いようで、本質をついている、さすが!と思ってしまいます。
気軽に読めます。
最近、なかなか集中して本を読む時間が作れない私ですが、
これは読めそうです。
あまり熱心ではない村上主義者からのお勧めです。