先日、親族の法事がありました。
その席の法話で紹介された
高田好胤さんという僧侶のお言葉が
とても心に残っています
あとで調べたら、
結構有名な方のようで
ご存知の方も多いと思いますが・・・
こんな言葉です
かたよらない、
こだわらない、
とらわれない心。
ひろく、ひろく、もっと広く
・・・これが般若心経、空のこころなり。
法話をされたお坊さんが
「空」というのは、無とは違うもの。
簡単に言うと「0」ということ、
と解説してくださいました。
5とマイナス5を合わせたら0になる。
そんな感じで0ということで、
なにもない虚無を指すわけではないそうです。
あくまでも、私の解釈なのですが
苦しみや、悩みや、欲望が
そもそも無いというのではなく
そういったもの達があるなかで
上記の言葉のように
かたよらない
こだわらない
とらわれない心をもてる状態になる。
それが
物事の真理を知り
悟りが開けた
穏やかな状態ということなのかな、と。
無信仰の私の解釈なので、
般若心経の真髄とは、
ズレたものなのかもしれませんが・・。
しかし、この法話
高田好胤さんのお言葉
私の心に(と、もしかしたら息子にも)
どストライクじゃん
そう感じながら、お聞きしていました。
先日父が言ってくれた
「学校へのこだわりは、持たなくていい」
という言葉も、改めて思い出されたし。
学校絶対主義の偏った考えが
不登校の本人や、
支える家族を苦しめること。
自分で決めた常識という枠に
とらわれ、もがいて苦しんでいたこと。
それを外せた時に
心が楽になり、
そして、世界が広がったこと。
ひろく、ひろく、もっと広く・・・
心が不安定になったときには
高田好胤さんのお言葉を
思い出せるようにしたいなぁ
そして、この高田好胤さんのことを
ネットで調べてみたところ、
さらなる名言が
結局のところ
悟るとは
決心することだよ。
ですよね
さて、もうすぐ在籍校の校外学習。
先生たちから、
校外学習前に資料の配布もあるので、
一度本人にも学校に来てもらいたい
という提案がありました。
息子に伝えると
う~ん・・・・という表情。
「行きたくなければ、ママだけ行って
受け取りしてくるから、大丈夫だよ」
「うん。正直、あまり行きたくない」
「だよね」
2学期の始め、1度だけ放課後行った時
校舎を出てすぐに
足早に車に向かった息子。
この場から一刻も早く去りたい。
あの時の息子の行動が、
息子の学校への気持ちを表しているのだと思います。
今回の校外学習は
駅に集合、駅で解散。
学校へは行きませんし、
行動も班ごとで少人数。
なので参加する気持ちになれたのでしょう。
それでも、当日、その時にならなければ
実際に参加できるかはわかりません。
仲の良い、同じ班の子は
市外からの電車通学の為、
出発は息子が乗る駅ではなく
途中の駅から乗ってきます。
息子の心情を考え、
お友達が乗る駅まで送っていこうか?
とも提案しましたが、
息子が乗るべき駅と別のところ
という特例的な扱いも嫌なのか、
息子は、乗るべき駅の方でいいと。
そんな状況なので、当日は
息子なりに、緊張があると思います。
なので私も、
絶対に参加できるとは思ってませんし、
参加できたなら
「あら、良かった」程度です。
そういう状況で
無理に事前に学校へ行き、
当日行こうという気持ちが
失せてしまう恐れもあるなら、
行く必要はないと思います。
そこは、こだわることはない、とね
こだわらず、息子を学校から離せたおかげで
今の息子の穏やかな状況も出来てきたわけだし