狂った悪口を保証するのが言論・表現の自由ではない
おはようございます みなさん




パリ裁判所
気候危機訴えて希代の名画を汚した活動家に「表現の自由」として無罪判決
狂った悪口を保証するのが言論・表現の自由ではない

https://the-liberty.com/article/21927/







《ニュース》

仏パリの裁判所は21日
パリのオルセー美術館に展示されていた
印象派の巨匠モネの絵画「ひなげし」に
血のように赤いポスターを粘着物で貼り付け
器物損壊の疑いで昨年6月に逮捕された環境活動家の女に対し
「表現の自由を行使する行為にあたる」として
無罪
を言い渡しました

23日付朝日新聞などが報じています


《詳細》

環境活動家の女は
「持続可能な食料生産」を訴える団体
「リポスト・アリモンテール(食の反撃)」のメンバー
です

同団体は「私たちは芸術を愛している」としながら
地球温暖化への関心を高めるためとして
芸術作品を汚す行為を繰り返し
てきました

昨年1月には
パリのルーブル美術館に展示されていた
レオナルド・ダビンチの代表作「モナリザ」に
スープを投げつける
事件を起こしています



女がモネの絵画に張り付けた赤いポスターには
2100年に火災と干ばつに見舞われた風景が描かれていました

女はXに投稿した動画の中で
「もし対策が講じられなければ
この悪夢のような風景が私たちを待ち受けている」と述べています


今回
パリの裁判所は
ガラス板で保護されていた絵画には損害はなく
有罪判決を下すことは
「表現の自由に対する不当な干渉」にあたるとして
無罪の判決を下しました



2022年に
英ロンドンのナショナル・ギャラリーに展示されていた
ポスト印象派のゴッホの絵画「ひまわり」に
トマトスープをかけた環境活動家2人には
有罪判決
が下されています



《どう見るか》

人類にとっての財産と言えるような
絵画を汚そうとしたにもかかわらず
「表現の自由」を盾に無罪にするとは
何ともおかしな判決です


この無罪判決をいいことに
今後も同じようなことが
繰り返されることになるかもしれません


表現の自由があると言っても
それが行き過ぎて他の人に迷惑をかけるようなら
国はそれを押しとどめる必要があります


大川隆法・幸福の科学総裁は
著書『幸福の科学興国論』の中で
次のように述べています


「たとえば
みなさんが道路を歩いていて
向かい側から歩いてきた人の顔つきが気に食わないので
その人に対して
すれ違いざまに罵ったらどうなるでしょうか
(中略)
そういう悪口を言う行為は
当然
してはいけないことなのです

それが世間常識であり
道徳律であって
そういう悪口を保障しているのが
言論の自由ではないのです

言論の自由というものは
一般社会においては
『責任ある自由』であって
道徳律のもとになければならないのです
(中略)
驚くべきことには
『もしかしたら
司法試験に合格した裁判官も
このことを知らないのではないか
何か誤解をしているのではないか』
と思われることが多々あります」



これは
表現の自由についても同じことが言えます
いくら主張したいことがあるといっても
自由には責任が伴うのであり
名画を汚そうとしたなら
それは罪に問われるべきです


また
フランスのパリと言えば
2015年の国連気候変動枠組み条約国会議(COP21)で
温暖化対策の国際ルール「パリ協定」を採択した場所であり
地球温暖化対策にも熱心な都市です


トランプ氏が今月20日の大統領就任直後にパリ協定の離脱を表明し
その影響が他国にも波及することが予測されたため
裁判官は今回の判決を通して
国内外に「気候対策を後退させてはならない」
という意思表示
をしようとした面もあったのかもしれません



しかし
これまで本誌・本欄で指摘してきた通り
「温室効果ガスによる地球温暖化」が科学的に正しいかどうかは
定かではありませんし
地球温暖化があったとしても
人間が調整できるようなものではない
と言えます

フランスなどの欧州各国は
地球温暖化対策を推進する方針を見直すべきでしょう
ザ・リバティweb




CO2排出による地球温暖化には

根拠がなかったことはいずれ証明されるでしょう

裁判官の判断もパリ協定のことが含まれていたとするならば

フランスの常識が問われるものです

次なるひねくれた蛮行に繋がらないことを祈りたいですね



そういえばパリ五輪の時の歓迎パレードでも

品位に欠けるとても芸術的とは言えない表現がありました

移民も増えすぎて

フランスのイディオロギーが変化してきているのかも知れません





今日の光の言霊は【全人類に幸福を】です

【全人類に幸福を】とは

気の遠くなるようなことかもしれませんが

全ての人々がその思いを持てば叶わないことではありません

仏の初転法輪のごとく動きだすと

善なるものはその動きは止まらない

力強く実現していくものでしょう









 

【全人類に幸福を】






自分の幸福と
全人類の幸福を
一致させる方向に志を立て

十年

二十年の歳月

努力していくと

だんだんに

そちらの方向で
流れが始まり

実現していきます














HS

 
『幸福の法』 P.218​
 
 

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