ついに司法が個人的な感情まで裁くようになってきた!
おはようございます みなさん

≪経産省女子トイレ訴訟≫裁判官のトンデモ発言
経済産業省に勤務するトランスジェンダーの職員が
職場の女性トイレの使用が制限されているのは
不当であるとして国を訴えた裁判で
最高裁判所がトイレの使用制限は認められないという判決を言い渡しました
この判決において5人の裁判官がそれぞれ補足意見をつけているのですが
その中で非常に疑問を感じるフレーズがありました
これを皆様と共に考えたいと思います
一人の裁判官が次のようなことを述べていました
「この上告人(今回裁判を起こしたトランスジェンダー)が
戸籍上は
男性であることを認識している同僚の女性職員が
上告人と同じ女性トイレを使用することに対して
抱く可能性があり得る違和感・羞恥心等は
トランスジェンダーに対する理解が
必ずしても十分でないことによるところが少なくないと
思われるので
研修により相当程度払拭できると考えられる」
すなわち具体的に
トラブルは起きていないし他の女性職員が
トランスジェンダー職員と同じ女性トイレを
使うことを恥ずかしいと思っていたとしてもそれは
理解が十分でないだけかもしれないので
研修などを行ってトランスジェンダーに対して理解を深めれば
ある程度その気持ちは取り除けるので
トイレの制限は見直すことができたのではないかということです
いくら心は女性ですと主張したとしても
性適合手術を受けておらず
戸籍も男性のままの人がトイレに入ってきたら
恥ずかしく落ち着かない気持ちになる女性もいるのは
当然のことでしょう
トランスジェンダーとしての生き方を理解することはできても
一般的な女性の個人の感情まで踏み込んで
研修等で理解を深めれば
その気持ちは取り除けるというのは
行き過ぎた意見だと感じます
その意味でこれは思想信条の自由に対する
侵害と言えるのではないでしょうか
LGBT理解増進法の思考と合わせ今後
政治が個人の内面に踏み込みすぎることのないよう
注意する必要があると感じます
(幸福実現党政調会長代理:小川佳世子)
価値観が狂ってきつつある現代
その価値観の根底にあるのは倫理でも道徳でもない
唯物的なものの上に立って人間の善悪を決めようとしています
本来は道徳も倫理も宗教から生まれたものであり
学問の基本も宗教からであるのですが
その根本を忘れ本来の善悪が分からなくなっているのです
ここに世界の宗教をまとめる
救世主の法が説かれています
この仏法真理を学び新たなる価値観を身に付けることが
大切な時代となっているのです
今日の光の言霊は【無我の教え】です
自分を基準として考え
世の中を捉えていると不満や不条理ばかりと思えてくるのでしょう
自分は実は生かされている
本来の自分は何も持っていない
しかし
なぜか今日も食事ができ
安心して眠ることができ
不自由なく生活できる環境がある
実は生かされているということに気付き
「足ることを知る」ことからまず始めよう
ということが大事なのではないでしょうか
おはようございます みなさん

≪経産省女子トイレ訴訟≫裁判官のトンデモ発言
経済産業省に勤務するトランスジェンダーの職員が
職場の女性トイレの使用が制限されているのは
不当であるとして国を訴えた裁判で
最高裁判所がトイレの使用制限は認められないという判決を言い渡しました
この判決において5人の裁判官がそれぞれ補足意見をつけているのですが
その中で非常に疑問を感じるフレーズがありました
これを皆様と共に考えたいと思います
一人の裁判官が次のようなことを述べていました
「この上告人(今回裁判を起こしたトランスジェンダー)が
戸籍上は
男性であることを認識している同僚の女性職員が
上告人と同じ女性トイレを使用することに対して
抱く可能性があり得る違和感・羞恥心等は
トランスジェンダーに対する理解が
必ずしても十分でないことによるところが少なくないと
思われるので
研修により相当程度払拭できると考えられる」
すなわち具体的に
トラブルは起きていないし他の女性職員が
トランスジェンダー職員と同じ女性トイレを
使うことを恥ずかしいと思っていたとしてもそれは
理解が十分でないだけかもしれないので
研修などを行ってトランスジェンダーに対して理解を深めれば
ある程度その気持ちは取り除けるので
トイレの制限は見直すことができたのではないかということです
いくら心は女性ですと主張したとしても
性適合手術を受けておらず
戸籍も男性のままの人がトイレに入ってきたら
恥ずかしく落ち着かない気持ちになる女性もいるのは
当然のことでしょう
トランスジェンダーとしての生き方を理解することはできても
一般的な女性の個人の感情まで踏み込んで
研修等で理解を深めれば
その気持ちは取り除けるというのは
行き過ぎた意見だと感じます
その意味でこれは思想信条の自由に対する
侵害と言えるのではないでしょうか
LGBT理解増進法の思考と合わせ今後
政治が個人の内面に踏み込みすぎることのないよう
注意する必要があると感じます
(幸福実現党政調会長代理:小川佳世子)
価値観が狂ってきつつある現代
その価値観の根底にあるのは倫理でも道徳でもない
唯物的なものの上に立って人間の善悪を決めようとしています
本来は道徳も倫理も宗教から生まれたものであり
学問の基本も宗教からであるのですが
その根本を忘れ本来の善悪が分からなくなっているのです
ここに世界の宗教をまとめる
救世主の法が説かれています
この仏法真理を学び新たなる価値観を身に付けることが
大切な時代となっているのです
今日の光の言霊は【無我の教え】です
自分を基準として考え
世の中を捉えていると不満や不条理ばかりと思えてくるのでしょう
自分は実は生かされている
本来の自分は何も持っていない
しかし
なぜか今日も食事ができ
安心して眠ることができ
不自由なく生活できる環境がある
実は生かされているということに気付き
「足ることを知る」ことからまず始めよう
ということが大事なのではないでしょうか
【無我の教え】
みなさんは
苦しみを持っているはずです
それは
どれもこれも
「私が、私が」
「おれが、おれが」
「自分が、自分が」
という気持ち
「自分が不幸になった」
「自分が苦しい」
「自分が悲しい」
という
気持ちでしょう
自分と他人の違いを見て
「他人は
いい思いをしている
悔しい」
などという
不幸感覚を持っているでしょう
これを乗り越えないと
そういう悟り
(宇宙のなかに
魂の親からの系統樹を感得する)
まで
どうしてもいけません
これを乗り越えていくために
仏教的には
「無我の教え」
などを
説いているのです
「まず
自分中心のものの考え方を
やめなさい」
ということです
人のせい
環境のせいにして
「自分は不幸になった」
「自分はいじめられた」
「他の人が得をした」
「環境が悪い」
「自分は傷ついた
損をした
被害を受けた」
というように考え
そのような気持ちを
持っていたら
いつまでたっても
その霊的な悟りを
得られないし
その進化に
ついていけません
いつまでたっても
やはり
個人でやっていくしかありません
HS
『信仰を深めるために』p42