おはようございます みなさん
コロナ・パンデミックはまだ終わったわけではない
津波と同様に
第一波より第二波がはるかに大きい
そして
次々と襲う災害
オリンピックは期待できず
次なる危機はサバクトビバッタによる食糧危機
局地的戦争
台風
サイクロン
大地震
津波
山火事など
大きな災害は尽きることがないようです
「時事政談」あとがきより抜粋
"https://www.newsweekjapan.jp/stories/world/2020/06/post-93655.php"
コロナ禍で疲弊したインド農家を、非情なバッタの大群が襲う
LOCUSTS PLAGUE INDIA2020年6月12日(金)18時30分ニータ・ラル
全世界をコロナ肺炎が襲い
それに呼応するように起きてくる数々の災害
以前も載せましたが
人々が口々に「神よ仏よ」と神仏の名を唱える
そんな最後の審判の日が近づいている
というより
もう始まっているのでしょう
救世主よりの
啓示警告はすでに30数年前から
始まっています
その言葉に耳を貸すか貸さぬかは
その時代に生きる人々次第
救世の大号令は大きなラッパとともに発せられているのです
しかし
それを伝えるサンガーの力まだ足りず
人々を気づかせることなく
ここまで来てしまっています
その因果は大きいものでしょう
それが様々な災難となってやってくる
人類の偶業です
少しでも荒神の大地を打ち付ける力を
渾身の祈りで弱めましょう
難を逃れる人々のために
不幸を少しでも打ち消すために
祈りましょう
より多くの人々が【幸福なる日々】を送れますように・・・
【幸福なる日々】
私自身は
何をもっていちばん
自分の幸福と
感じるかというと
結局のところ
次のようなことでは
ないかと思います
個人の側面
というものを
取ってみれば
「より深い仏法真理
知識を得るということ
それでもって
自分自身の認識力が
高まるということ
認識力が
高まることによって
世界がよりよく
分かるということ
より多くのことが
分かるということ
理解できるということ」
これが
何にも増して
幸せであるように思います
これが個人の側面です
また
個人以外の側面として
見るならば
「そのような神仏の経綸
仏法真理というものを
知ることによって
より多くの人々の
幸福なる日々を
つくり出すことができる自分
そうしたことに
貢献できる自分」
というものを
非常にうれしく思うわけです
「 この世のなかで
どれほど
幸福な人がいるか」
と言ったときに
「多くの人々の
悦びをつくり出せるほど
幸福だ」
という人は
数少ないと思うのです
「自分の悦びのためだけの幸福」
というのは
はかないものです
ただ
「多くの人々の幸福に
つながるような
生き方をしている人」
というのは
自分へ還ってくる
幸福の供給源も
また
無限であろうかと思います
「幸せになろうとすれば
他人に親切にすることです」
という言葉もあります
そのとおりであって
他の人々が
悦ぶようなことを
していれば
人間は自然に
幸福になるのです
HS
(漏尽通力p208)