おはようございます みなさん
痛ましい車の事故が続きます
今度はバスの暴走です
それも日曜日の人通りの最も多い時間帯で
三ノ宮駅下の歩道
私も何度も通った場所
犠牲になった女の子は同じ明石の女子大生だそうです

いったいどうなっているのか
またもやアクセルとブレーキの踏み間違いでしょうか
止まっているバスがゆっくり動き出し
横断歩道を渡っている人達を
次々になぎ倒していったとあります
バスですから
先般の乗用車と違って
急にスピードは上がらないでしょう
逮捕された64才の運転手は
「ブレーキを踏んで発進準備をしている際にバスが急発進した」
と話しているということですが
バスに異常はなく
過失としか言いようがない事故です
しかし
またかですね
64才のベテラン運転手ですから
誰にでもアクセルとブレーキの踏み間違いはあり得る
ということでしょう
私自身は車を手放して久しいですが
あまりにも過失事故が多いだけに
あえて車を運転しようとは思わなくなりました
私の場合は日中はアルコールは飲まないですが
夜には結構な量のアルコールを頂くので
早朝は残っていたらと危ないと思い
車を所持しているときには
時々自分でアルコールチェックして運転していました
そして
何かの拍子にアクセルとブレーキを間違えることも
あるのかなとも思います
特に気が動転したりすると
足が勝手に動くときがあるのかも知れません
人間は自分でも思わぬことをやらかしたりしますからね
例えば
テレビの音を小さくしようと思って操作したら
反対に大きくなったり
また
ボリュームを調節しているつもりが
チャンネルが変わってみたりで戸惑うこともあります
これはテレビのことですから
そう問題はないですが
台所のガスの火の付けっぱなしで
鍋をダメにしたり
一つ間違えば火事になったりします
これが
車となると今回の事故のように
悲惨なことになります
いつもの運転で緊張感もなく
ボーっと運転していて
いざ何かがあると気が動転してということも
考えられなくもありません
今やAIの時代ですから
どちらかと言うと
機械のほうが人間より安全で正確かも知れませんね
ひとまず
全車自動停止装置は必須になるでしょうね
車は便利な乗り物ですが
まだまだ凶器にもなります
いつも緊張感をもって油断なく運転するべきですね
人間素直で謙虚に受け止め
素直に謙虚に生きることが一番です
天狗の心を持つ私は
特に常に心がけています
ただ
有頂天の時が怖いのですが・・・
【人間は本来美しい】
美というものは
そのままで
美しくなっていく
ということなのだ
そのままが美しいのだ
素直に
「はい」
と受ける心が
美しいのだ
人間として生まれて
神から
命を与えられて
生きている
この使命を素直に
「はい」
とそのまま受けて
素直に生きていくところに
人間の美しさがあるのだ
人間は本来
美しいということを知れ
ということです
そして
その美しさを出すものは
何かと言うと
素直さである
「はい」
という
心であると
言い切っています
そうかもしれません
結局
悪を生むとか
心のひずみ
曇りなど
いろいろなことを
言いますが
この素直さの
問題かもしれません
素直に人生を
生きればいいのに
自分で
突っ張りを
つくってみたり
ゆがみを
つくってみたり
思いを入れて
いろいろ変わった
生き方をしようとして
苦しみを
つくってゆくのです
したがって
自らの人生を
ふり返って
美しくないと思う人は
おそらく
素直な心が
欠けているのでは
ないでしょうか
これを
もう一度考えて
いただきたいのです
あまり
自力修行だけに
入ってゆくと
ここに
問題が出てきます
時どき立ち止まって
神の心を
素直に受けるような
気持ちが自分にあるか
素直さが
ないところに
自分の美のかげりが
あるのではないか
それを知って
いただきたいと
思います
「美しくなるのに
努力はいらない」
と言っていること
この意味を
知っていただきたいと
思います
これは忘れがちな
ことですので
どうかよくよく
わかっていただきたいと
思います
HS
(光ある時を生きよp156)
