おはようございます みなさん
街なかの紅葉も進んで来ました
お寺のさくらの紅葉グラデーションが綺麗です
今年のさくらの紅葉は格別美しいようです
桜の木は春には満開のさくらの花を咲き誇り
秋には葉が色づいて紅葉を楽しめる
そしてその葉も落ちて
来春に備える
自然は見事に美しい景色を造り出していきますね
人間の世界はどのように輝くか
一人ひとりの人間も
この世でいかに輝くべきか
桜の木が示しているようです
父の大切にしていた
桜の木を斧で切り倒したのはジョージ・ワシントン
私が切りましたと素直に告白した
正直者であるワシントンを協調した逸話?です
斧の切れ味を桜の木を切り倒して確かめるなど
自由奔放でやんちゃなところがあるが
しかし
根は正直者でいい奴なのだと言いたかったのでしょうね
まるで
言いたい放題暴言放題の次期米国大統領に似てる?
いざ
大統領選を勝ち取ると踵を返したように
まともな言動になり
真剣にアメリカのことを考えているようです
いまはまだ国を二分するほどの
きわどい投票結果の大統領選後でもあるので
混乱は残っていますが
オバマ大統領とは違う
いい意味での”チェンジ”に期待したいですね
実は今から27年前、大川隆法・幸福の科学総裁は、「トランプ氏の、批判を逆手に取る姿勢」について、1989年6月、東京都内で行った講演会で、次のように言及していた。
お読みになった方があるかもしれませんけれども、『トランプ自伝』という本が出ました。
アメリカの不動産王で、ドナルド・トランプという人の自伝です。四十二、三歳でものすごい資産をつくって、やがては大統領をも狙おうかというような勢いのある、ニューヨーク一の腕利きの不動産王です。
この自伝を読みますと、おもしろいことを言っているのです。
腕が利きすぎるためにずいぶん敵もつくったし、まわりから批判もされたこともあるのです。新聞に批判されたこともあります。
しかし、彼が書いているのをみると、新聞の批判はたしかに身にはこたえるが、悪口を書かれれば書かれるほど商売が繁盛したというのです。
内容がよかろうが、悪かろうが、少なくともトランプという名前を新聞の第一面とか、第二面とかのトップで出してくれるということは、その後の商売にはものすごくプラスになったというわけです。
だから、恐れていてはいけない、何を書かれても有名にしてくれれば、ちゃんと採算はとれる、と書いてありました。おもしろい考え方です。
そういう考え方ができる人というのは、その裏に、そうとういろいろな批判を跳ね返すだけの自信があるのだと思います。自分がやってきた自信、バネが強いのです。足腰が強いのです。
どんな批判が出ようが、何が出ようが、「ああこれは有名税だ。」と思ってスイスイと上がっていく。ニューヨーク市長などともどんどん喧嘩して、公然と批判して、そしてそれをてこにしてもっともっとガンガンガンガンやっていくのです。おもしろい人物です。なかなかやるなと思って読んでいましたけれども、そういう人もいます。
これなどでも、批判を受けたらもうそれでだめだというふうに、イエス・オア・ノーで考えると、もうどうしようもありません。
女性関係をあばかれて、わずか六十数日で辞任した首相がいました。まことに情けない話です。やはり、いずれ辞めなければならないと思ったとしても、一回ぐらいは粘り腰で粘ってみればいいのです。「女性に対する愛が深いのが私の唯一の欠点です。」などと一回ぐらいぶちまけてみたらどうだ、週刊誌に二、三回批判が載ったぐらいで、何を弱気なと思いました。やはり、やれるだけやってみたらどうだ、という気は、私はするのです。
何かあまりにも情けなさすぎます。お金と女性のスキャンダルと、そんな首相が二代続いて、ほんとうに情けない。
批判されたら、「おう、それがどうした。」といって、「しかし、わしの政治手腕はすごいぞ、見てみろ。」とでも言ってみろというんです。「わかった。スキャンダルは認める。一年待て。一年待って、その間これを消すだけの実績を上げてみせる。」と、それぐらいなぜ言えないのかと、私などは言いたいです。
(中略)
そんなことで引き下がるくらいなら、最初から首相の座など受けるなと言うのです。ああいうことをされたら非常に迷惑です。受けた以上は、悪口いわれようが、どうしようが、やれるだけのことはやってから辞めなさいという気がします。情けないです。教育してやりたいです。事実は自分で知っているのだろうから、あんな批判で辞めるなら、最初から受けるな、と思うのです。
やはり、簡単に後退するようなザリガニ型人生を生きてしまう人はだめです。虎の皮ぐらい残して死ぬようでなければだめです。私はそういうふうに思います。
(『常勝思考』旧版より抜粋)
【選挙運動は「霊性革命」の一貫】
《天御中主神の霊示》
日本が世界のリーダーになるためには
やはり
もうちょっと
「宗教性」
を持つ必要があります
欧米から入った学問によって
明治以降の世が
できてきたわけだけれども
信仰心だけは学ばなかったので
「科学的合理主義が
信仰心を否定する教育につながり
そうしたことが
常識になってきている」
ということはあると思います
このままでは
「世界のリーダー」として
あるいは
「道徳の源泉」として
多くの人々を啓蒙していくには
足りないと私たちは考えています
そういう意味で
「宗教立国
および
霊性革命は
非常に大事なことだ」
と思っています
いろいろな
選挙運動もやっていますけど
結局
これも
「霊性革命」の一貫であり
世論を変えるための運動を
今やっているわけです
いろいろなかたちで
揺さぶりをかけているんですね
HS