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今日は「体育の日」で祝日ですね!!

本日、10月10日は1964年に東京オリンピックの開会式があった日です。

 

先日、東海道新幹線がオリンピックのために作られたっていう記事を書きましたが、オリンピックにまつわる面白い話は、本当にたくさんあります。
4年後には、第二回東京オリンピックがありますが、前回の大会のことも知っておきましょう!話のネタになると思いますよ!!

 

①大活躍の日本の金メダルは16個。その中でも東洋の魔女は日本の希望だった

 

この東京大会では、日本は金メダル16個を獲得して全体で3位!!

これは、歴代1位の記録です。(2004年のアテネ五輪も16個でタイ記録)この前のリオ五輪では12個ですから、この記録は凄いですね!

 

レスリング、柔道、体操など日本のお家芸での金メダルも多いですが、特に有名なのは女子バレーボールの『東洋の魔女』が金メダルを取った事でしょう。

東洋の魔女と言えば、回転レシーブ。というイメージがありますが、回転レシーブが有名になったのは、これよりも2年前の世界選手権でした。

 

1962年の世界選手権で、既に東洋の魔女として恐れられていた日本と、宿敵ソ連。

お互い全勝で迎えた最終戦で、回転レシーブを駆使した日本は、3-1のセットカウントで勝利して優勝しました。

日本の団体競技が世界大会で優勝したのは初めてだったため、大きなニュースで取り上げられて、日本中が湧いたそうです。

 

その後、東洋の魔女ら12名は、優勝の褒美に世界一周旅行を行ったあと、結婚適齢期を迎えたことなどを理由に選手と監督は引退を表明。

 

しかしながら、2年後の東京オリンピックで女子バレーボールが正式種目に入る事が決定した事から、東京オリンピックまで続けてほしい!!と、日本バレーボール協会幹部や国民から続投を望む声が高まります。

 

そこで、キャプテンが続投を決断したこと、監督が『俺について来い!!』と一言発したことから続投が決定!

2年後の東京オリンピック優勝を目指して猛練習を再開し、見事オリンピック金メダルを獲得したそうです。

東洋の魔女 に対する画像結果

このオリンピックでの、ソ連との優勝決定戦は視聴率66.8%を記録し、未だにスポーツ中継としては歴代最高との事。当時の熱気が伝わりますね。

 

②オリンピックに向けて急ピッチでインフラが整い『オリンピック景気』に。

 

オリンピック開催が決まった時から、準備をしなければならないという事で、東京ではインフラや建造物がどんどん充実していきました。

しかし、多くのものが10月10日の開会式に何とか間に合わせるという、ギリギリの作業。
 

例えば、日比谷線が8月29日、東京モノレールが9月17日、東海道新幹線が10月1日。建物でいえば、日本武道館は10月3日ですし、試合会場ですらこのギリギリ感。
 

他にも、首都高速道路と名神高速道路の開通、浅草線の開通、羽田空港のターミナルの拡幅、環七・六本木通り拡幅、ホテルニューオータニ、ホテルオークラ、東京ヒルトンホテル、東京プリンスホテル・・・

これらも、オリンピックの準備のために作られたそうです。

 

また、家庭でオリンピックを見ようとカラーテレビが急速に普及します。

カラーテレビ に対する画像結果

これだけたくさんの公共事業や民間事業が進むと、お金がドンドン世間を回るようになりますよね。

この好景気を、一般に『オリンピック景気』と言います。 ←テストに出ます。

 

当時は池田隼人首相が所得倍増計画を実施中で、経済成長をしようと一丸になっていた時期。

池田勇人 に対する画像結果

この頃は、将来豊かになるだろうなって皆が思える夢にあふれた時代だったのではないでしょうか?

 

そんな池田隼人元首相。

東京オリンピックの開会式には出席した時はガンに侵されていたそうで、閉会式後すぐに退陣を発表、翌年亡くなります。

きっと、気力で東京五輪を見たのでしょうね。

 


③幻の1940年東京オリンピック

 

実は、東京オリンピックに沸いたのは1964年大会が初めてではありません

幻の1940年東京オリンピックというものがあります。

 

日本は、戦前の1936年にIOC(国際オリンピック委員会)から1940年大会の開催権を獲得していました。

しかし、既に1931年から始まっていた満州事変(日中戦争、日華事変)の影響で、1938年にその権利を放棄し、1940年の東京オリンピックの開催は中止になってしまったのです。

 

この1940年というのは、皇紀(神武天皇が即位した年から数え始める日本独自の暦で、戦前は普通に使われていた)2600年に当たる記念の年でした。

これを踏まえて、『皇紀二千六百年記念行事』の開催の準備もされており、日本中が湧いていたため、開催中止の決定があった時は多くの日本国民が落胆したようです。

(今だって、2020年のオリンピックがなくなったら、多くの国民が肩を落とすでしょう)

 

ちなみに、もし1940年大会が開催したら、アジア初はもちろん、有色人種国初の開催という快挙でした。

 

結局1940年の大会はフィンランドのヘルシンキに権利が移りましたが、これも第二次世界大戦の勃発で中止となり、なんと1940年にはオリンピックは開催されませんでした。

その次の1944年のロンドン大会も戦争で中止となったため、1936年から1948年までの12年間はオリンピックがなかった事になります。

 


④東京五輪開催の影の立役者「フレッド・イサム・ワダ」

 

敗戦を迎えボロボロになった日本ですが、それでも毎回の大会の開催地に立候補を続けます。そして1959年のIOC総会でついに、再度東京での開催権を獲得するのですが、その裏には感動のドラマがありました。

フレッド・イサム・ワダという日系人の活躍があったのです。

フレッド ワダ に対する画像結果

 

1949年、ロサンゼルスで開催される全米水泳選手権に出場しようと、日本の水泳選手6名がやってくるのですが、フレッド・ワダが自宅を宿舎として提供した事からドラマがスタートします。

自宅を宿舎??ちょっと違和感ありませんか?

 

別に、フレッド・ワダはホテル業をしていたわけではありません。普通のロサンゼルスにすむ日系人です。なぜただの日系人が自宅を宿舎として提供したのでしょうか?ホテルなどの用意はなかったのか?

 

それは、日本がまだ敗戦から間もなくて、マッカーサー率いるGHQに散々嫌がらせを受けていたことが影響しています。

日本選手団は、『ジャップ』と罵られ、唾を吐きかけられたり、ホテル宿泊拒否をされたりと、不当な扱いをアメリカで受けます。

そこで、フレッド・ワダが自宅を提供して、食事を提供したのです。

 

結果、日本選手団は世界記録で1位を取った古橋広之進(ふるはしひろのしん)や、2位の橋爪四郎など、目覚ましい活躍をして、アメリカから評価されます。

古橋広之進 に対する画像結果

この功績を受けて、1958年の東京オリンピック招致に向けた準備委員会が設立された時、フレッド・ワダも委員に就任し、1959年のIOC総会での集票活動に邁進することになるのです。

 

しかし、日本の獲得予想票数は圧倒的に不利。

そこでフレッド・ワダは何をしたかと言うと、正子夫人と同伴で少ない自費を使い、中南米を歴訪し、各国のIOC委員達に東京オリンピックの招致に協力してくれるようにお願いをしてまわったのです。

 

この説得の旅にも、様々ドラマがあるのですが、今日は泣く泣く割愛。
しかし、たった一人の日系人が多くの票を獲得した結果、見事IOC総会では東京が過半数超えの34票に対し、デトロイト10票、ウィーン9票、ブリュッセル5票と圧勝しました。

1964年にアジア初、そして有色人種国初の東京オリンピックが開催されます。
 

敗戦国、日本でのオリンピックの開会式。

開会宣言は、あの敗戦のご聖断を下した昭和天皇が行いました。

 

 

という事で、様々書いてきましたが、どうですか?知らない事がたくさんあったのではないでしょうか?

オリンピックが近づいてきましたから、話題になることも多いでしょう。そんな時に、話のネタに使ってもらえるように書いたので、是非使ってくださいね。

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