①『海と山のオムレツ』美味しい料理とイタリアの端っこの半島移民したアルバニア人の末裔の家族の物語

カルミネ・アバーテ/著 、関口英子/訳
生唾なしには読めない! 美味しい食を分かち合うことの歓び。食べることはその土地と生きてゆくこと。舌を燃やし、思い出を焼きつくすほど辛い唐辛子、庶民のキャビアと呼ばれるサルデッラに腸詰サラミのンドゥイヤ……。南イタリア、カラブリア州出身の作家が、アルバレシュという特殊な言語と食文化を守ってきた郷土の絶品料理と、人生の節目における家族の記憶とを綴る自伝的短篇集。
②『サード・キッチン』アメリカの大学留学の自分の生き方を見つけられるか?分断の中で・・・・。

白尾 悠 著
アメリカの大学に留学した英語が得意な主人公は、まずネイティブな人々の英会話についていけなくてがコミュニケーションが上手くいかず孤独を感じていた中、様々なマイノリティの学生たちが運営する学生食堂に出会って、はじめは自分の至らなさ落ち込むも、自分自身を見つめなおして少しずつ成長していく物語です。自覚的な差別は当然ですが、無知から生ずる無自覚な差別が人種間では自然に生じていることに気づかされました。また、日本人としてのアイデンティティや、偏見・公正についても考えさせられました。20年ほど前が舞台ですが、分断が進む現在に生きる私たちが読むべく、良質な感動作です。現在のアメリカでも分断された人々は自分たちの声を聴いてくれる人々のコミュニティーをつくりやがて集団としての塊となり力を持ち出すとそれをかじ取りする人が現れて・・・・・やがて。
むかしから人種、階級、出身地、性別、学歴、宗教、いろいろなことが差別の対象になり、そのなかで当り障りのないように生きているアメリカ人。
差別されやすい人々が守られたコミュニティーを持つことで。ある意味その組織そのものが逆差別を生む可能性もあるのでしょうね。
③『赤いモレスキンの女』 パリを舞台に落し物のハンドバックが起こすおとぎ話の恋愛ミステリー?

アントワーヌ ローラン著 吉田 洋之 翻訳
出会いのマッチングアプリが大人気の時代にモノラルな出会いのアイディアが落し物
むかし のハンカチ落としの出会いのような。
パリの書店主ローランが道端で女物のバッグを拾った。中身はパトリック・モディアノのサイン本と香水瓶、クリーニング屋の伝票と、文章が綴られた赤い手帳。バツイチ男のローランは女が書き綴った魅惑的な世界に魅せられ、わずかな手がかりを頼りに落とし主を探し始める。英王室カミラ夫人も絶賛、洒脱な大人のおとぎ話第二弾。
書店の店主だけに
ハンドバッグを拾ったローランが警察に届けようとするまでの気まずさと逡巡が好き。ローランは拾得物のバッグのハバニタの香水の香りに導かれて、赤い手帳の言葉を読み、バッグの持ち主(ロラン)の心の世界を知っていく。やがてたどり着いた持ち主の部屋には猫がいて、グールドのCD、ローランも好きなモディアニの本があった。自分の部屋よりの居心地が良い‥‥。会ったことがない女性の幻想がローランの心の中で満ちていくが、自分の行為を否定し、姿を消す。最後は逆に心の扉を開いてしまったローランをロランが探し求める。お互いに姿を知らないままに、運命の糸を手繰り寄せていく、パリの大人の恋物語。
④『ダリウスは今日も生きずらい』鬱に悩む少年はイランの旅で変われるのか?

アディーブ・コラーム (著), 三辺 律子 (翻訳)
イラン出身の母と白人の父をもつ、ペルシア系アメリカ人のダリウス。
家でも学校でも疎外感を覚える彼は、母の故郷ヤズドを家族で訪れることに。
そこではじめての友達を見つけ……。
民族、人種、性的指向、うつ病、多重のアイデンティティに悩む16歳の青春物語。
ペルシア系アメリカ人の少年ダリウスは、学校でも家庭でも自分の居場所がないような不安定な状態にある。母方の祖父の病気見舞いにはじめて母の故郷イランに行ったのをきっかけに、祖父母や親戚に会い、親友ができ、そうした人とのかかわりのなかで自分や家族を見つめなおしていく。父親との関係、学校での立場、祖父の病気、親友との関係など、いろいろな悩みが重なって、けっして楽しいばかりの話ではないが、主人公の好きなお茶、イランのお料理やお菓子、イランの名所の光景がストーリーとうまくからんで、じんわりと心にしみた。
イランの少年たちの共通言語はサッカー フットボール 町の広場でゲームに参加した鬱のダリウスはデイフェンスが得意だった。
自分のプレーが認められ親友から褒められた事をきっかけに自分自身に自信が芽生え始める。
母の故郷はお菓子の町でお茶好きのダリウスに元気をあたえてくれる。
イランの旅を終ええて・・・・・。ダリウスは。
⑤『太陽と痛み』渇きと暴力だけが残った不毛の地で追ってから逃れる旅をして少年は生き延びることは?

ヘスス カラスコ著 轟 志津香 訳|
渇いた大地。いつ、どこなのかはわからない。長いあいだ雨は降らず、降り注ぐ強い日光が人々の肌を焼く。ある理由から村を脱走した少年は、逃亡の途上で無愛想なヤギ飼いの老人に出会う。過酷な旅路をともにするうちに、次第に心通わせていく二人。だが、村から彼らに追っ手が迫り……この道の先に救いはあるのか。世界に衝撃と深い感動を与えたスペイン発のベストセラー小説。
⑥『グレゴワールと老書店主』おちこぼれが本と出会い目覚める
マルク・ロジェ著 藤田真理子訳
高校は卒業したが、バカロレアに落ちたので就職もままならないグレゴワール。母のつてで老人ホームで働き始め、入居者である元書店主、ムッシュー・ピキエと出会う。パーキーソン病と緑内障のため自力では本を読めないムッシュー・ピキエに朗読をしているうちに、評判が広がり、ほかの入居者や面会にきた家族、ホームのスタッフま病気を抱えた老人であったり、学業についていけなかったり、性的マイノリティであったり、移民であったりと様々な社会的弱者が登場し、そうしたもろもろが否定されることなく、あたたかく包み込まれていくという点においても読み心地の良い物語 劣等生だったグレゴワールが本を読む楽しみに目覚めていくさま、恋に夢中になる様子に気を取られていたが、舞台は老人ホーム……。しかし、意外にも結末はつらくない。
⑦『レーナの日記』レニングラードの包囲を生き抜いた少女の日記

エレーナ・ムーヒナ (著), 佐々木 寛 (翻訳), 吉原 深和子 (翻訳)
1962年、誰かの手でレニングラードの文書館に届けられ、眠ったままになっていた日記を、21世紀になって歴史学者が発掘、出版された。少女の日記が甦らせる、ぎりぎりの生存、歴史の記憶。飢餓と爆撃と酷寒の都市で、食べ物と言葉への執着が命をつないだ。16歳が圧倒的筆力でとらえた、ぎりぎりの生存、独ソ戦下の生活。1941年9月、ナチス・ドイツ軍は250万の市民が暮らすレニングラードの包囲を完了した。食料と燃料の供給が断たれ、冬が迫り、飢餓が始まる。人々は犬や猫をスープにし、革ベルトやコートの毛皮、イラクサを煮て食べた。
包囲は872日間におよび、80万人以上が犠牲となった。「日記よ、わたしの悲しみを大切にしまっておいて」16歳のレーナは腹いっぱい食べることを夢見ながら、日記を書きつづける。最後の平和な学校生活と開戦後の日々。砲撃の恐怖、食事の記録、読書、恋、未来への希望。そして母の餓死によって、レーナはひとり残された。配給のパンを求めて街を駆けまわる。レーナは恐ろしい不安な日々に、食べ物と言葉にしがみつくことで生きのびていく。
空腹と孤独の底で、動物学者になる将来の夢をつむいだ。100グラムのパンと交換で子ネズミを手にいれて飼い、食べ物はすべて分け合おう。亡きママたちへの愛情を小さな生きものに注ぐのだ。春が来ると、レーナは必死に包囲からの脱出をめざした。そして出発を目前にして、
日記はとぎれる。
⑧『マハラジャの葬列』 インドが舞台の英国人とインド人の名刑事コンビが活躍する傑作歴史ミステリ

アビール・ムカジー (著), 田村 義進 (翻訳)
第2作のときは第1作の翌年、1920年の6月。イギリスの植民地インドの首都カルカッタにある政府庁舎には、マハラジャやニザームなどの称号を持つ“藩王”20人が集まっていた。現地住民の自治を求める声を鎮めるための植民地政府の政策で、“藩王院”なる合議体を立ち上げる会合が行われる。藩王国サンバルプールのアディール王太子はその協議の成否を握るキーマンだ。王太子とイギリスのハロー校で同窓だったインド帝国警察のパネルジー部長刑事もその場に呼ばれていた。そして警視総監から王太子とパネルジーが交わす会話に耳をそばだてるようウィンダム警部も同席を命じられていた。その後、アディール王太子は暗殺され、ウィンダムは住民の通報もあって犯人を追いつめるが、目前で自殺されてしまう。ウィンダムとパネルジーは王太子の葬儀への参列と事件の真相を追ってサンバルプールに赴くが、王宮での捜査はなかなか進まない。
当時の英国植民地統治と藩王国の存在等のインドの政治・社会構造や王宮の慣習、風俗などがたいへん興味深い。マハラジャがとんでもないお金持ちというのは有名な話だが、この物語に出てくるサンバルプールは領地内にダイヤモンド鉱床を持ち、王家の一族は栄耀栄華をほしいままにしている。100人以上の側室が住まう後宮もあるのだ。日本では鷹狩り、イギリスではキツネ狩りなど、どこの国も上流階級はなんとか狩りを趣味としているが、ここでは象に乗って虎を追い込む大がかりな狩りの様子、優雅な遊びが描かれていて、これがなかなかの迫力。 魑魅魍魎が跋扈するような王宮の中で、事件の真相における謎は深く、怪しげな人物も次々に現れ、ウィンダム警部とパネルジー部長刑事が悪戦苦闘するさまが面白い。物語としては、王宮の複雑な人間模様はよく整理され読みやすく仕立てられている。サスペンスもそこそこ、インドのエキゾチックで神秘的なムードも楽しい、娯楽性の高いミステリーだ。
⑨『神さまの貨物』アウシュヴィッツへ向かう貨物列車から投げ捨てられた赤ちゃんは?
ジャン=クロード・グランベール (著),河野 万里子 (訳)
童話を思わせる装丁と書き出しで始まる物語は、戦争で起きた残虐さと、絶望の中でも光となる大切なものを教えてくれた。
世界大戦のさ中、占領下の森に暮らす貧しい木こりの夫婦。夫は厳しい寒さと飢えの中、強制労働をさせられる日々だった。そんな中、自分に子どもを授けてほしいと祈り続けるおかみさんの目の前の雪の上に、小さな子供が落とされる。ユダヤ人を収容所へ移送する列車に乗せられた父親が、我が子を生き延びさせようと窓から落とした幼子だった。
明日の見えない中でも、子どもが自分のもとへやってきてくれたことを喜び、命懸けで育てようとするおかみさんの愛情が胸に染みる。素性の知れない子どもに偏見の眼差(まなざ)しを向ける木こりの夫を、おかみさんは説得する。「人でなしも、人よ。人でなしにも、心臓がある。心がある。おまえさんやわたしと同じように」。当時のような戦争は起こらない現在でも差別の問題は身近にあり、それによって多くの人が深く傷つけられている。おかみさんの言葉に、悲劇は過ぎ去ったのではなく、まだ続いていることを再認識した。
はじめは反対していた夫も、その子のあたたかな命の鼓動や純粋な心に触れ、幸せな気持ちを知る。わずかな時間、子供のおかげで家の中だけが温かく描かれる様子や、周りからは恐れられながらもおかみさんを救う優しい男の存在が強く心に残った。
「ただ一つ存在に値するもの」「それは、愛だ」「たとえどんなことがあっても(中略)、その愛があればこそ、人間(ひと)は、生きてゆける」。著者はフランスの劇作家、児童文学作家で、父と祖父が実際に収容所行きの列車に乗っていたという。語りかけるような文章すべてに著者の思いが感じられた。
絶望の中で自分を強くしてくれるもの。繰り返してはいけない悲劇。そんなことを訴える一冊だ。赤ちゃんが放り投げられた貨物列車 は実際には多くあったと考えられます。しかし、生き延びた子供はわずか。
⑩『祖国』 バスク闘争に巻き込まれふたつの家族の物語
夫を殺したのは親友の息子なの? ごく普通の二つの家族が「愛国心」のもとに引き裂かれ大きな波紋を描く壮大なドラマ。バスクを舞台に世界を揺るがしたスペイン文学。大ベストセラー!
ある雨の午後、夫のチャトがバスクの武装集団〝ETA〟に殺害された。故郷の村を離れて暮らす妻ビジョリにとって、あの日から二十年以上経てもなお、頭から離れないことがある。いったい誰がチャトを撃ったのか?
ETAが武装闘争の完全停止を宣言した2011年10月、夫の死をめぐる真実と謝罪をもとめて、ビジョリが〝村〟に帰るところから、小説は幕をあける。
夫を殺したのは親友の息子なのか、それともいったい、誰なのか?
この小説の舞台のサンセバスチャンにはベレー帽を被った老人が・・・・。ピレネー山脈に繋がる村々のスポーツがサイクリングクラブ。そして美食倶楽部の会員。バスク人らしい生活ですね。
そして、この物語を引っ張るのは、余命いくばくもない癌に侵されたビジョリが、誰が夫チャトを殺したのかを死ぬ前に知りたいという気持ち、夫殺害に係わったホシェマリからの謝罪を求める執念です。完全ではないかもしれないものの、物語の最後では、ビジョリはようやく心の整理がつき、夫が死んでから離れていた故郷の村の墓地に夫と共に葬ってもらうことを遺言します。そして、ラストでは、結局のところ、人と人の触れ合い以上に重要なことはないことが語られているのです。
本書が語ろうとしているのは、政治信条よりも、家族への愛情、親友との友情を優先しようという単純なものだと思います。テロに関しては、もちろん否定的に描かれていますが、しかし、テロ活動に至った背景の存在までは否定しているわけではありません。そして、自分の殺害に関与することになるホシェマリに対するチャトの次の言葉の方が、この作品の主張を表しているようです。
「あいつが子どものときに、パゴエタで、どれだけアイスをごちそうしてやったか!」
戦争に限らず、テロや暴力がなくなることは、人類の歴史ではありえないのでしょうか。 葛藤するごく普通の二つの家族が「愛国心」のもとに引き裂かれ、波紋を描く壮大なドラマは、バスクを舞台に世界を揺るがした。