①『ダンサー そして私たちは踊った』
ジョージアダンスに人生をかける若者たちの汗と青春と恋
監督 レバン・アキン
ジョージアの国立舞踊団で、幼少期からダンスパートナーのマリとトレーニングを積んできたメラブ。日中のハードな練習の後はレストランでのアルバイトで家計を一手に引き受け、気持ちの休まる暇もない。そんなある日、カリスマ的な魅力のある黒海沿岸の港町バトゥミからイラクリが入団し、同時にメイン団の欠員補充のためのオーディションの開催が知らされる。イラクリの持つダンスの才能に驚き芽生えたライバル心が、オーディションに向けての2人だけの特訓を経て、憧れと抗えない欲望へと変化していく…。
旅で訪れた時 ジョージアで国立舞踊団のショーを見た時のチケット
②『スマグリング・ヘンドリックス』
ボーダーを越えた仔犬の帰還大作戦ール
監督 マリオス・ピペリデス
2004年にEU加盟を果たしたキプロス共和国と、独立を宣言したもののトルコ以外の国に承認されていない北キプロス・トルコ共和国が隣り合わせに存在するキプロス島の首都ニコシアは世界唯一の分断首都。お金もなく、恋人にも出て行かれたミュージシャン、ヤニスは3日後に国外脱出を計画しているが、愛犬ジミが突然逃げだし、北側に迷い込んでしまう。
困ったヤニスは、ジミを連れて帰るために北側に向かう。イアンニス彼の計画は、彼の最愛の犬ジミと一緒にキプロスを一度に去ることです。しかし、彼の計画は、ジミが逃げてバッファゾーンを「トルコ側」に渡る予定の出発のわずか3日前にひっくり返されます。イアンニスは検問所を通過し、ジミを見つけたが、2つの「側面」間の動物の横断を禁止するヨーロッパの法律に直面している。イアンニスは今、「トルコ側」に行き詰まり、時間がないときに犬を連れ戻す方法を模索しています。
キプロス島の悲しい不条理な現状が笑い飛ばしています。euフィルムディーズ 2020 最高コメディ作品。
③『ANIARA アニアーラ』EUフィルムデーズ2020 MIMA(自然環境発生AI)は乗客を救える
宇宙船アニアーラ号のMIMA(自然環境発生AI)は乗客を救えるか
監督 ペラ・コーゲルマン/ヒューゴ・リリャ 製作国スウェーデン
放射能汚染された地球から火星へ移住するため、8,000人の乗客を乗せ旅立った巨大宇宙船アニアーラ号。だが不慮の事故により燃料を失い、目的地であった火星への軌道を外れ、こと座の方面に向けて彷徨うことに。修復不能なまま1年、3年と歳月が流れ、希望を失い、狂気へ落ちそうになる乗客たちは、MIMA(ミマ)と呼ばれる人間の感情を治癒・制御するAI(人工知能)に依存するように。
女性(Emelie Garbers)が、 地球から火星へ3週間で乗客を乗せる豪華な宇宙船 、アニアラに搭乗しています。 彼女の仕事は、地球の緑豊かで過去の過去の体験を現実と区別できない方法で呼び起こすように設計された機械、ミマ内の「ミマローブ」として働くことです。
アニアラの航海の最初の週に、船はスペースデブリとの衝突の後、突然コースから外れました。 機動は、アニアラが燃料を失うことを意味しますが、船長は乗客と乗組員が2年以内に方向転換できると約束します。 ミマロベのルームメイトである船の天文学者は、これが嘘であり、彼らの進路を再開する可能性がないことを後に彼女に明らかにします。
④『パパは奮闘中!』
EU フイルムディーズ 2020 ベルギー フランスの労働者の現実と子育て
監督: ギヨーム・セネズ/2018年
家族で幸せに暮らしていると信じていた39才のオリヴィエ。ある日突然、2人の幼い子供を残して妻が家出してしまう。オンライン販売の倉庫主任で残業続きだが、労働組合活動に取り組み。周りからは信頼されている。慣れない子供の世話との両立に奮闘する。母親を恋しがる子供たち。妻の大切さに改めて気が付くオリヴィエ。次々に起こるトラブル。捜し続けても妻の行方は一向に分からない。そんな時、妻の故郷から一通のハガキが届き、新しい騒動が起きる。
フランスの労働者らしく組合活動は盛んなようですがいまオンラインの販売が伸びる巨大な倉庫と時間に追われる仕分け作業をやっぱり人間がやることになるのは矛盾してますが、それが現実です。
グローバル時代の過酷な競争に晒された職場では、年老いて生産効率が落ちてきた労働者は解雇され、労働組合はそうした会社の横暴に対して成す術を持たない。今や、法律で守られているのは労働者の側ではなく企業の側だからだ。そうした職場環境の変化は、家庭にも劇的な影響を与えているが、日々を暮らすのに精一杯な人々には、そうした境遇の変化を自覚することすら容易ではない。
子供たちと睦まじく接しているように見えていた妻のローラも、実は張りつめた気持ちで日々を生きていたが、家庭を顧みない夫のオリヴェエは、そんな妻の状態に気付かずにいた。ローラは、ついにすべてが堪え難くなり、子供たちと夫を捨てて家を出てしまう。残されたオリヴィエは慣れない子供達の面倒を見ながら、職場と家庭で孤軍奮闘し頑張るのだが、次から次へと困難が降り掛かってくる。『パパは奮闘中!』という邦題からは、ある種の楽天性すら漂うのだが、事態はより深刻である。
⑤『在りし日の歌』
現代中国の普通家族の物語
監督 ワン・シャオシュアイ
本作は、直截的に権力や政策を批判することはせず、塗炭の苦しみにあえぎながらも何とか生き抜こうとする市民の姿や、
管理職と一般市民に分かれてしまった2組の夫婦の間に生まれた溝を、3時間超の長尺で丁寧に描いています。
文革遺産の市場開放により国営企業が次々倒産に追い込まれた改革開放政策と、
人権を制限することで人口増加に歯止めをかけようとした一人っ子政策という、
1980~90年代にかけて一般市民を苦しめた、為政者の「独善」が背景になっています。政権や権力の交代劇はありませんが、政策により市民が苛まれるという意味では、背景を同じくする作品だと思います。
⑥『ぶあいそうな手紙』
ブラジル 手紙の代読で老人と娘の交流
監督アナ・ルイーザ・アゼヴェード
手紙の代読と代筆を通して交流を深めていく老人と娘の姿を、おかしくも温かく描いたブラジル発のハートウォーミングストーリー。ブラジル南部のポルトアレグレに暮らす78歳のエルネスト。隣国ウルグアイからブラジルにやって来て46年になるエルネストは、頑固で融通がきかず、うんちく好きの独居老人だ。老境を迎え、視力をほとんど失ってしまったため大好きな読書もままならなくなってしまった彼のもとに一通の手紙が届く。手紙の差出人はウルグアイ時代の友人の妻だった。手紙が読めないエルネストは、偶然知り合ったブラジル娘のビアに手紙を読んでくれるように頼む。手紙の代読と手紙の代筆のため、ビアがエルネストの部屋に出入りするようになるが
ビアは代読と代筆はスペイン語とポルトガル語あやしい感じがする。
エルネストは、ビアを新しい家政婦として雇うことを匂わす。
⑦『エマ、愛の罠』 
南米発の過激なダンスミュージカル映画
監督 パブロ・ラライン
若く美しいダンサーのエマ(マリアーナ·ディ·ジローラモ)はある悲しい事件によって打ちのめされ、 振付師の夫ガストン(ガエル·ガルシア·ベルナル)との結婚生活が破綻してしまう。 家庭も仕事も失い、 絶望のどん底に突き落とされたエマは、 ある思惑を秘めて中年の女性弁護士ラケルと親密な関係になっていく。 さらにラケルの夫で消防士のアニバルを誘惑したエマは、 彼女への未練を引きずる別居中のガストンまでも挑発し始める。 3人の男女をことごとく手玉に取り、 妖しい魅力で虜にしていくエマの真意は何なのか。 その不可解なまでに奔放な行動の裏には、 ある驚くべき秘密が隠されていた……。
これは、とりわけ、鮮やかなミュージカルです。では、ストーリーが最終的に信頼性を高めるとしたらどうでしょうか。Larrainは社会的リアリズムに悩まされていません。彼の映画は、ヒロインの炎の玉の1つに似ており、私たちの快適ゾーンに向かって急いでいます。
南米的な映画、行方不明の息子と再会するための悪女が人々を虜にして・・・・・、
⑧『ヒルビリー・エレジー』

はアメリカ映画史における重要作か?
ロン・ハワード監督
最初に映し出されるのは、少年時代の主人公J.D.が、ケンタッキー州南東部の小さな町ジャクソンの自然の中で過ごしている、ある夏の光景だ。ジャクソンは自然のほかに、国道を走る車のための数軒のファストフード店、町の人々のための教会や学校、小さな農園くらいしかない場所である。かつて祖父や祖母が暮らしていた土地であり、J.D.はそこで生まれても育ってもいないが、この山間にある箱庭のような世界は、彼や姉のお気に入りの場所になったという。
ヴァンスの祖父と祖母がピックアップトラックで国道から山を下りてミドルタウンに移り住むところを、巨大な製鉄工場を背景に大スペクタルで見せていくシーンは、胸を締め付けるような印象深いものとなっている。それは、普段はあまり顧みられることのない、しかしアメリカの民衆の一時代の姿を切り取った重要な歴史の1ページであるといえる。なぜなら、この二人と同じように山を下りてミドルタウンに移り住んだヒルビリーが少なくなかったからだ。彼らは皆、この国道の風景と工場の景色を見ているのだ。
J.D.の母親が違法薬物に手を出し、少年時代のJ.D.自身も犯罪に手を染める危険に直面するように、貧困者には人生の落とし穴も多い。その結果として起きる問題が、格差の固定化だ。優秀だった母親が貧しく孤独な生活を送ることになってしまったように、能力ではなく生まれによって選択が制限されるという状況は厳然としてある。アメリカン・ドリームという光は、ラストベルトを避けて裕福な者たちをさらに照らしているのだ。その仲間に入ることができる貧困者は、様々な誘惑を振り払い、人一倍の努力を重ねて差別にも耐え続ける必要がある。
この現実がありながら、アメリカに存在する人種差別を、白人貧困層ばかりに負わせるのもフェアではないように思える。なぜなら高所得者にも大学出身者のなかにも差別主義者は存在するからである。
⑨『幸福路のチー』
路地で育った少女はアメリカへ旅だったが・・・。台湾版三丁目の夕日
監督 ソン・シンイン
台北郊外に実在する「幸福路」を舞台に、祖母の死をきっかけに帰郷した女性が幼少時の思い出とともに自分を見つめ直す姿を、台湾現代史を背景に描いたアニメーション映画。台湾の田舎町で必死に勉強し、渡米して成功を収めた女性チー。ある日、祖母の訃報を受け、故郷である幸福路へ久々に帰ってくる。子ども時代の懐かしい思い出を振り返りながら、自分自身の人生や家族の意味について思いをめぐらせるチーだったが……。「
台湾出身で、アメリカ人と結婚しニューヨークで暮らすチーは、祖母の訃報に触れ故郷に帰国する。自らが育ったころとは様変わりした街並みに、戒厳令下の子供時代と、その頃に親友になった台湾人とアメリカ人のハーフの少女、1981年8月31日に小学校に入学。中学までは劣等生だったが、高校は台北市立第一女子高級中学、大学は台湾大学というエリートコースに。高校時代に台湾民主化を迎え、両親の反対を押し切って文系に転向した。学生時代には政治運動に邁進するが、新聞社に入社後、逆に自分がデモの対象になる(陳水扁総統の二度目の当選の際921大地震など自らの半生に思いを巡らせる。その後渡米し、アメリカ人のアンソニーと結婚。
チーの小学校時代の親友。アメリカ空軍のパイロットである父と台湾人の母の間に生まれたハーフで、チーが好きな「キャンディ・キャンディ(日本語版では「アニメ」とぼやかされているが、台湾版では「小甜甜」というタイトルが登場)」のヒロインと同じ金髪碧眼の持ち主。母が台中で働いているため、新莊市でビンロウ屋台を営んでいる親戚の元へ一人で預けられている。いつか母と一緒にアメリカへ行って父と暮らすのが夢。
チーの祖母 花蓮で暮らしているアミ族の老婆。アミ族は母系社会なので、チーの父は婿扱いとなる(ついでにチー自身もアミ族ということになる)。今は離れて暮らしているが、娘を手伝いに幸福路に来ることも。シャーマンでもあり、そのためかチーの夢の中にもよくあらわれる
蒋介石が没した日(チーの生まれた日!)以後の台湾の歩みが投影されていることだ。青い瞳の友人を持ち、自身にもアミ族の血が流れる。母は馬英九の当選を喜び、父はそれに不満たらたら。もともと違って当たり前だから、自ずと多様性(多元性)が志向される。台湾の現代史と民主化と文化の懐かしく描かれてる。
⑩『お名前はアドルフ?』

ドイツでこんな名前を付けられた子供は?いる?
監督 ゼーンケ・ボルトマン
コアな演劇ファン層に火がつき、映画化された知的エンターテーメント
「もしもあなたの家族や親しい友人が子供にアドルフ・ヒトラーのアドルフと名づけるとしたら?」パリで大成功を収めた社会派コメディー「ル・プレノン(なまえ)」はドイツでは「なまえ、または親しい友人宅への招待」というタイトルで2012年11月4日、ハンブルクのドイツシャウシュピールハウス(演劇の家)で初演を迎えた。舞台監督は当時39歳のクリスチャン・ブレイ。実はシニカルな現代コメディーをこの劇場で上映するのは稀である意味、チャレンジだったという。そもそも成熟した演劇ファンは、テレビで流れる低俗なドイツのコメディーに辟易していた。けれど、フランス人によるブラック・ユーモアとエスプリの効いた脚本、パリのアパルトマンを舞台に演技派俳優たちによる白熱の演技はこの劇場に通いつづけるファンの心をしっかりと掴んだ。プレスの評判も良く、たちまち大ヒット。今日に到るまで、国内の他の劇場でもレパートリーとして上演され続けている。
映画版の舞台はライン川沿いの街、旧西ドイツの首都ボン。一軒家に住む夫婦は小学校からの幼馴染で大学教授と国語教師に子供が2人。落ち着いたトーンの家具、壁には額縁に入った趣味のいいアート作品が掛っている。ディナーはインド料理に高級赤ワイン。書棚には装丁のしっかりとしたハードカバーの本が並んでいたり、子供に聞き慣れないギリシャ神話のなまえをつけて、ところどころで教養をアピールするといったステレオ・タイプが誇張されているのが、可笑しい。東西統一後30年経っても、豊かな西ドイツの中流家庭のあり方は、さほど変わっていないように見える。
分断されていた東ドイツでは不自由な生活を強いられてきた社会主義という独裁政治下にあった。70年代、旧東ドイツ側では自由への憧れのため、故意にMandyとかPeggyとかアメリカ人のなまえをつけていた傾向があったという。3月18日、メルケル首相の歴史に残る自粛スピーチは民主主義の前提である自由の規制だった。東出身ゆえにその尊さが再び強調され、印象的だった。
今はボンも含めて、ドイツ中に外国人もたくさん住んでいるから、お爺さんのなまえを引き継ぐとか、WolfgangやHeidiといった典型的なものばかりでもない。ロシア系とかラテン系とか、実際に男の子にAkira(大友克洋映画の影響。響きがかっこいいから)やブロンドの女の子にYuri(美しい百合の花にちなんで)といった日本語のなまえをつけた知り合いもいる。自由と多様性のあらわれなのだろう。
戦後75年が過ぎて、どんななまえが受け入れられても、身近な人たちが子供をアドルフと名づけると言い出したら「悪い冗談でしょ。」と誰もが反対するだろう。この映画はあの大戦を決して再び繰り返さない!という確信が国民にあるからこそ笑える傑作なのだ。
名は体を表す、いや歴史も映し出す。1937年から40年頃、ヒトラーはオーストリアを併合し、チェコの一部を割譲させ、ポーランド、さらにはフランスを陥落させるなど、ナチ・ドイツは勢いに乗っていた。この時期、新生児の「アドルフ」ブームが起きていたのである。だが、41年から急激に減少。戦況悪化とヒトラー不信が背景だとされる。このように「国民の支持」は名前でも測定できる。ある研究者はこれを「アドルフ・カーブ」と呼んだ。
だが、支持を失ったかにみえた「アドルフ」は、その後も日本をはじめ世界中でイメージや象徴として生き続けた。本作で、私がドキッとしたのは「反ヒトラーだと言い張り、反ナチ番組に興奮する左翼」というセリフだ。映画序盤、本棚の「ある仕掛け」が分かってしまった私も、「アドルフ」の熱狂者なのだろう。
映画館再開後に見ました。
今年はコロナ禍で映画の上映が停止して映画館が閉館している期間もありました。いまも大変な状況で上映されている。
感謝しかありません。
EUフィルムデーズ2020がネットで配信されたことは大変な喜びでした。
感謝です。ありがとう。
