「ケトとコテ」Keto da Kote(1948)90分/白黒/DCP
ヴァフタング・タブリアシュヴィリ+シャルヴァ・ゲデヴァニシュヴィリ監督
終戦直後に作られたジョージア初の絢爛豪華なミュージカル映画の傑作。1860年代、ロシア帝政下のチフリスを舞台に、純真なケトと歌が好きなコテが、困難を乗り越えて結婚を成就させるまでを描く。明るく大らか、当時の風物満載で今も人々に愛される作品。
第二次世界大戦直後に作られた、歌あり踊りありの絢爛豪華なミュージカル映画の傑作。19世紀半ば、ロシア帝政下のチフリス(トビリシ)。富豪の承認マカル、美しい娘ケトを結婚させ、貴族階級に仲間入りすることを夢見ていた。そこでマカルは独身で破産寸前のレェヴァン侯爵に娘の縁談を働きかける。レェヴァン侯爵や商人とかかわることを望んでいなかったが、金のために結婚をやむなく受け入れた。しかしケイは侯爵の甥の若い詩人コテと愛し合っていた。コテも事態を知って、結婚を仲介するハヌマに相談する。さらに彼は絶望するケトのもとへゆき、2人の愛を確かめあう。ハヌマは若い2人を救うために計画を練り、彼らの友人たちと行動を起こし、周囲の者たちを出しぬき、ケトとコテはめでたく幸福を手に入れる。



「ケトとコテ」については、この映画より先に、19世紀にアフクセンティ・ツァガフレリが書いた「ハヌマ」があり、その本を基にして1919年に作曲家ヴィクトル・ドリゼが発表したコミック・オペラ「ケトとコテ」がある。映画は人々に人気を集めたドリゼの音楽に加えて、ジョージア民謡を基にしたアルチル・ケレセリゼの音楽あらたに作曲された。
大戦直後の社会にたちこめた重苦しい沈痛な状況に対して、書記長のスターリンが国民を元気づける明るく楽しい映画をつくるように、という指示でつくられている。今日でもジョージアの人々に愛される国民的映画の一本として名高い。
パンフレットより
シェイクスピアのロミオとジュリエットを模している所もあります。
コテがケイへ窓の下から愛をささやくシーンは見せ場の一つです。

初めてトビリシを訪れたときに泊まったホテルの名前は「オペラ」でオペラ座の隣にありましたので、公演のある日には毎回オペラ座へ通いました。ヨーロッパで見られる演目以外に、ジョージアの歴史物作品も公演され、ジョージアの民族ダンスや民族音楽取り入れられた作品を見ることができました。
ジョージアの民族ダンスは世界的にハイレベルな公演で現在は日本公演が行われていますね。
ジョージアの民族音楽で男声合唱
Georgian Polyphonic Singing
Acapella Georgian Polyphonic Singing
もちろんダンスはレベルは世界的で、ソ連時代は多くのプリマドンナがジョージア人ダンサーでした。
ニーナ・アナニアシヴィリ
ダンスと歌の国と言ってもいいジョージアのハイレベルなミュージカルは最高に楽しめます。

花嫁に成りすます ハムマ
ハヌマの演ずる結婚仲介者がジョージア民族の中での役割が大きいようです。


