講座内容
戦後のユーゴスラヴィア文学は大戦での勝利と築いていく社会主義を謳歌することが主流だった。足並みをそれえていない作者は出版してもらえなかった。その一人はドラゴスラヴ・ミハイロヴィッチである。代表作「南瓜の花が咲いたとき」(未知谷出版)の主人公リューバは政治的な理由でスウェーデンに移住する。ダニロ・キシュは自分の家族を題材に、ユダヤ人の虐殺について書いた(「若き日の哀しみ」など)。もう一つの大きなテーマは、西欧で存在が疑われていたスターリン主義の強制収容所だった。(短編集「死者の百科事典」の一部)
これらの作品を紹介し、セルビアの歴史や時代背景、文化について語り ます。
講師 高橋 ブランカ (タカハシ ブランカ)
1970年旧ユーゴスラヴィア生まれ。作家(短編小説、詩)、翻訳家、写真家。93年ベオグラード大学日本語学科卒業。95年に来日し、98年、日本帰化。98年から09年まで夫の転勤の関係でベラルーシ、ドイツ、ロシアに住み、以来東京在住。著書「最初の37」(2008年、ロシアで出版)、「月の物語」(2015年、セルビアで出版)、「東京まで、セルビア」(2016年、東京の未知谷出版)、「クリミア発女性専用寝台列車」(2017年、未知谷出版)
『ユーゴスラビア文学から学ぶ 20世紀のセルビア』
戦後のユーゴスラヴィアの文学はまだ長い間戦争を主なテーマにしている。それと同時に、社会主義の国なので、大勢の作家は社会的(社会主義的な国の社会)なテーマを扱っています。戦前の思想犯として追われていた共産党員が今度与党になった時に、自分の方針に合わない人達を追うようになり、社会主義と共産党のすばらしさを謳歌しない作家は出版してもらえませんでした。
そんな中、ボスニア出身の作家、イヴォ・アンドリッチは昔の、イスラム化された当時のボスニアついて次々と小説(長編も短編も)書きます。今のところアンドリッチは唯一にノーベル文学賞を受賞してりるセルボ・クロアチア語で書いた人です。日本語で読める小説は、代表作「ドリナの橋」そして「サ ラエヴォの鐘」今回私達は戦後の時代の文学をより詳しく知りあうことになります。

『ドリナの橋』イヴォ・アンドリッチ 著
ノーベル文学賞を受賞したイヴォ・アンドリッチの代表作『ドリナの橋』
この小説は、作者が子供時代を過ごしたボスニア南部の村ヴィシェグラードを舞台に16世紀からだ二次世界大戦までのバルカン半島の歴史をたどっていく。橋の 建造は、ボスニアで生まれたオスマン帝国の大宰相の命令による。激流に幾度となく阻まれながらも、ムスリム、正教徒、ユダヤ人、ジプシーにくわえ19世紀 後半にボスニアがハプスブルク君主国の支配下に入るや、村にはハンガリー人、ポーランド人などの出身者が移り住む。ドナリの橋を舞台にした大河小説。
https://ameblo.jp/pipe51/entry-11640475729.html
今日は20世紀のセルビア 小説家 ダニロ・キッシュ
とミハイロヴィッチ,ドラゴスラヴを取り上げます。
ユダヤ人とのハーフだったダニロ・キッシュは最初のいくつかの作品でユダヤ人の虐殺について書きます。
ミハイロヴィッチ,ドラゴスラヴの小説「南瓜の花が咲いたとき」主人公リューバはスウェーデンに移住する。その背景をお教えします。今日はこのふたりの作家に留まります。
「南瓜の花が咲いたとき」ミハイロヴィッチ,ドラゴスラヴ著
ベオグラードの下町ナチ占領下から戦後10年。組合の父。パルチザンの兄。愚連隊がたむろする街では力がすべて。リューバはボクシング選手になり頭角を現す。小説は主人公語りかける。軍隊。無頼派の生き方。第2~23章までは第二次大戦中ナチス・ドイツ占領下のセルビア、首都ベオグラードの下町ドゥシャノヴァッツを舞台に一九四二年あたりを基点として時の流れを順に追う。 終戦、新ユーゴスラヴィアの成立、ユーゴスラヴィアがコミンフォルムから追放された一九四八年を経て、リューバが国外に出る決心をするまでの十年あまりが描かれている。
[ミハイロヴィッチ,ドラゴスラヴ]
1930年セルビア南部のチュープリア生れ。ベオグラード大学ユーゴスラヴィア文学科卒。19歳の時思想犯として逮捕され強制収容所で8ヶ月「再教育」(裸の島)を受けたことが災して定職を得られず、様々な職場を転々としつつ作品を執筆。1967年に短篇集『フレッド、お休み』で「十月賞」を受賞。翌68年に発表した『南瓜の花が咲いたとき』で作家としての地位を確立した。その後専業作家となる。
本文9ページより
二年ほど前のことですか、また大酒食らいましてね――時々やるんですよ――酔った勢いでハンドルを握ると、真っすぐユーゴへ走らせたです。八日も職場に顔を出さなかった。馘になっても落ち着いたものです。俺が悪いんだ。文句を言う筋じないじゃないか。でも組合が黙っていま せんでした。こちら じゃ労働組合は凄く強いですから。『彼は祖国を見る権利がある。自分の海を見る権利がある。我々の一番優秀な労働者が自分の海をみるのも許さないとは、我が国はなんという国なのか?』っいうわけです。アドリア海にセルビアは面していない。
(旧ユーゴスラヴィア時代でもベオグラードからは9時間もかかりいつでも行けるバカンスの地ではなかった)ブランカ
アドリア海プライベートホテル一日数百万するらしい

キッシュもセルビア人と海について書いています。
本文22ページ
「なんだ、てめえは、きみこそなしようってんだ。チェトニクに垂れ込んで、丸坊主にしてもらいてえのか?」1944年
チェトニクとは(大セルビア主義、反共主義の軍事抵抗組織、指導者ドラジャ・ミハイロヴィッチに率いられ放棄したチェトニックだが、一方でユーゴスラビア王国軍の負の面をゆうしていた。内部腐敗に染まり、規律にも欠け、不正規線の遂行にかかせない筈の地元民の支持を得られなかった。
戦時中彼らは頤髭を生やした集団 として人々に恐れら れていた。)
本文36ページ
「さて、そんなふうに、リングで腕前は上がる、ボクシングにはまじめに取り組むようになると、それにつれてだんだん羽振りがよくなりました。親父は働いているし、兄貴は問うの委員会の仕事をしているし、俺も勤めているので、金にこまったことはありませんでした。必要なものは--外交官用の店で手に入れました」
本文56ページ
「そのころでしたが、ロシア派の連中が大々的に引っ張られまして。いろんな話が聞こえてくる、あいつはパクられた、こいつが捕まった・・・・・。
ところが、ある晩、藪から棒に、二人の野郎が家に入ってきて--家じゃおかげさまで鍵なんかかけたことがなかったですよ--電気をつけ、誰かが俺の寝巻きを引っ張るです」「 十日たっても、一月たって も、帰って来ません。ひと月半、兄貴を釈放するかわりに父親ですよ、アンドラを捕まえにきた。ガチャリ」本文ここまで
このシーンはユーゴスラヴィアの歴史ある大事なエピソードを語っています。終戦間もなくソ連がユーゴスラヴィアの政治・経済などに対して口出しをし始め、明らかに自分の衛星国を増やそうとしていました。独自路線をとろうとするチトー大統領とスターリンの対立がエスカレートして、1948年にチトー大統領は歴史的な「断る!」を伝えました。結果として、共に設立したコミンフォルム(共産党・労動者党情報局)からユーゴスラヴィアが追放され、ベオグラードに設置されていたコミッフォルムの拠点が隣のルーマニア移されました。一時期ユーゴスラヴィアの東に国境沿いにソ連 は力の見せつけとして(軍事演習)を行い新たな勃発の危機にさえありました。ここから「南瓜の花がさいたとき」の主人公の兄とお父さん、より正確に言えば、主人公リューバの家族の悲劇が始まります、第二次大戦の前から共産運動はソ連をはじめとして、多くの国で盛んになっていました。ユーゴスラヴィアなどの共産主義者にとってソ連の共産党、とりわけレーニンとスターリンは神様のような存在でした。同じ敵と戦って、共に勝利を成し遂げた人達にある日いきなりソ連の共産党とスターリン同士と絶縁しなければならないと言ったら、理解・納得ができないわけです。戦争中に打たれて最後の息を吐く前に「スターリン同士のために」「スターリン同士万歳!」と叫んだ人がどれほど多かったことか! その類いの人達は一夜にしてシフトができっこないでしょう。しかし党の命令に、その命令がいくら理不尽でも、即従わないと、「批判」ような可愛いばつをうけるのではなくて、下手すると命取りになります。最初は《矯正》《再教育》をする。刑務所で。それでも自分の前の考え方、ソ連の共産党が偉大だ、などの考え方にしみつくようでしたら、もう帰ってこない。
当時の政治犯が送られた一番有名なところはアドリア海にある無人島、「裸の島」

石しかなくて、本当に裸に見えています。そこで囚人が朝から夜まで石を砕いて、《再教育》をうけました。言うことをきいて《まとも》になり、釈放されても、ちゃんとした社会復帰は無理でした。就職しても、些細なことを口実に首にされる。本人もそもそ も昔の人間ではありません。服役中にみんなは折れて、されたことについて話せない(主人公の父の脅えている描写)
「見ると父、死ぬほど脅えているんです。魂を抜かれたみたいです。」兄にあったか息子に訊かれると「何もしらないし、何も聞いてくれるな。お前も首を突っ込むじゃないぞ」と答える。息子はイライラして、言う「まさか俺までロシア派に巻き込むなんて、そんなことがあいつらにできると思っているわけじゃねえだろう」--「いやあいつらにゃ、なんだってできる」魂が抜かれたようかな父が答える。
高橋ブランカ
講座を聞いて、戦後のベオグラードの下町の庶民の暮らし、権力を握った政府の闇の力(秘密警察による密告社会恐怖)が存在し、権力者が変わるとその変化も大きく庶民はそれに対応できない人々もいたことが分かった。
セルビアではバスステーションでも切符をもっている人しか入れない
ベオグラード 散歩より
ユーゴスラヴィアのノーベル賞作家、イヴォ・アンドリッチの代表作「ドナリの橋」読む 




