『とうもろこしの島』『みかんの丘』ジョージア映画を見る。
『とうもろこしの島』
監督ギオルギ・オバシュビリ
ジョージア(グルジア)と、ジョージアからの独立を主張するアブハジアは、1992年以降、激しい戦争状態にあった。両者の間にはエングリ川が悠々と流れている。この川は春の雪解けとともにコーカサス山脈から肥沃な土を運び、中州をつくる。両岸で敵同士がにらみ合い、銃弾が飛び交う中、今年も、アブハズ人の老人は孫娘をともなって、昔からの風習のとおり、中州に小舟で渡り、小屋を建てて、土を耕し、とうもろこしの種を蒔いて、苗を育てる。しかし戦闘が激しくなり、ある日、彼らはとうもろこし畑で傷を負った若いジョージア兵を発見する…。
「ここは誰の土地?」と少女。「耕す者の土地だ」と老人。コーカサス地方の大自然に心が洗われる。まるで寓話のようだ。――と、その畑の中に瀕死の敵兵が……。









深い森と大河の悠々とした流れ、ときおり聞こえる銃声、とうもろこしを黙々と育てる老人、祖父との生活を余儀なくされた孫娘の成長――セリフを極力抑えて、大自然のめぐりと人間の営みを対比させ、戦争の意味を問う寓話的な傑作。

ジョージア(グルジア)のアブハジア自治共和国でみかん栽培をするエストニア人の集落。ジョージアとアブハジア間に紛争が勃発し、多くの人は帰国したが、イヴォとマルガスは残っている。マルガスはみかんの収穫が気になるからだが、みかんの木箱作りのイヴォは本当の理由を語らない。ある日、彼らは戦闘で傷ついた二人の兵士を自宅で介抱することになる。ひとりはアブハジアを支援するチェチェン兵アハメド、もうひとりはジョージア兵ニカで敵同士だった。彼らは互いに同じ家に敵兵がいることを知って、殺意に燃えるが、イヴォが家の中では戦わせないというと、家主が力を持つコーカサス人のしきたりに則り、兵士たちは約束する。数日後、アブハジアを事実上支援するロシアの小隊がやってきて‥。戦争の不条理と人間性の尊さを描く感動作。世界の映画祭で数多くの賞を受賞、アカデミー賞外国語映画賞ノミネートを果たした。






本作はグルジアとエストニアの初の共同製作である。エストニアのタリン映画祭でジョージア映画の特集上映が行われた際、エストニア映画人からの共同製作の提案にジョージアのザザ・ウルシャゼ監督が応え、構想を深めた。19世紀後半のロシア帝政時代に多くのエストニア人がアブハジアに移住し、開墾、集落を築いた。みかんはアブハジアの名産であり、日本の温州産に似ている。ソ連邦時代に、日本人の学者が中心になって、西グルジアの黒海沿岸の地方に多くの苗を植え、拡がっていったともいわれている。
全編ロケによる撮影だが、いまだに緊張状態が続くアブハジアではなく、同じ黒海沿岸であるグリア地方の広大な荒地に集落や道を作り、樹木を植えて撮影された。
19世紀後半のロシア帝政時代に多くのエストニア人がアブハジアに移住し、開墾、集落を築いた。みかんはアブハジアの名産であり、日本の温州産に似ている。ソ連邦時代に、日本人の学者が中心になって、西グルジアの黒海沿岸の地方に多くの苗を植え、拡がっていったともいわれている。
コーカサスの文化に旅人や客人を親切にもてなすのあたりまえである。負傷者が元気になるまで面倒をみるのが普通といえます。それが戦争中であろうと。
二つの映画に共通するシーンがあります。
『みかんの丘』アブハジア兵達がに密造ウオッカで乾杯。『とうもろこしの島』ジョージア兵がちがワインで乾杯。
伝統的乾杯スプラという伝統的な乾杯をするときは、タマダ(tamada)とういう乾杯の音頭をとり、全体を仕切る人が重要な役割を果たします。タマダをする人はには敬意をもって接します。タマダは宴会の雰囲気を作って乾杯し、色々な話題をつくり、詩を歌います。ユーモアセンスを持ち、伝統的な乾杯を守るのが良いタマダと言われます。スプラはジョージアの生活のすべての鍵となるイベントであり、ジョージアの「おもてなし」が理解できる最も典型的なものです。タマダは過去と現在そして未来のギャップを埋め、参加しているメンバーの気持ちを1つにします。そしてタマダの音頭で乾杯するとき「我々の勝利に!」を意味するジョージア語「ガウマルジョス(Gaumarjos)!」という言葉を言ってください。最初に神様、そして女性、平和、客人に対する乾杯をします。
『とうもろこしの島』エングリ川の下流の中州の島の設定ですが、
おじさんは去年エングリ川の源流の山へ登りをしました。

ジョージアのみかんや柿は日本と同じ品種だと思われます。とてもおいしいです。
