2015年に読んだ本 ⑧から⑩ ベスト14 | ・・・   旅と映画とB級グルメ と ちょっと本 のブログ

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⑧『天国でまた会おう』 ピエール・ルメートル著/平岡敦/訳
  
 

そのルメートルがフランスで最高の文学賞であるゴンクール賞を取った『天国でまた会おう』。ミステリではないが、エンタテインメント性と文学性を兼ね備えた大作だ。

 物語は1918年の11月、第一次大戦の西部戦線から始まる。主人公のマイヤールは突然の攻撃の最中、上官であるプラデル中尉の思わぬ不正を目にした。それに気づいたプラデルはマイヤールを殺そうとするが、間一髪、戦友のペリクールによって助けられる。しかしペリクールはそのとき、体に大きな損傷を受けてしまった。

 終戦後、マイヤールは自分のために障害を負ったペリクールと同居し、彼を支えながら苦しい生活を送っている。一方プラデルは富豪の娘と結婚し、権力と富を手にする。隔たった彼らの運命が、ペリクールの考えたある計画によって再び交差する…。

本書は下層で暮らす復員兵が、何もしてくれない国に対して「ならば奪ってやろう」と大がかりな犯罪計画を考える、戦没者追悼墓地の不正工作など、戦後フランスの社会の様子が描き出されるのも読みどころだ。

 

 

⑨『ガットショット・ストレート』 ルー・バーニー/著 細美遙子/訳

 

愛すべき悪人たちの騙し合い・・・

刑期を終え出所したばかりの運び屋<シェイク>

コケティッシュな嘘つき女<ジーナ>を救ったばかりに

大金と幻の遺物をめぐる奔走劇にまきこまれる。

追って追われて、最後に笑うのは誰なのか?――

 

精緻な伏線で構成され、スリル、サスペンス、アクション、ロマンス、

小説のあらゆる要素を詰め込んだ超弩級エンターテイメント小説

 

「カール・ハイアセンのスラップステイックなギャグ、エルモア・レナードの小説に出てくる侠気のある男たち、そしてエヴァン・ハンターが好んで登場させていた、触れるのも躊躇われる剣呑な美女たち。そういう要素が好きな方に本書をお薦めします。どこまでも単純で騙されやすく、しかも滅法惚れやすい。そんな主人公シェイクがあなたの心を鷲掴みにするでしょう。ちなみに前科者だけど、将来の夢はおいしいレストランを開くことだ!

 

 

⑩『未成年』イアン・マキューアン/著、村松潔/訳

  

本書『未成年』だ。その成功は何よりもまず、女性裁判官というかなり特殊な存在を物語の主人公に据えるという卓抜な発想に由来する。

  五十代末のフィオーナ・メイは結婚生活の破綻に直面し、苦悩のうちにある。同時に彼女はまた、輸血しなければ生命が危険なのに「エホバの証人」の信者であるがゆえにそれを拒否しつづけている未成年の患者に対して、いかなる法的措置をとるかというきわめて困難な判断を迫られてもいる。夫の浮気に由来する彼女の私生活上の悩みは、誰の身にも起こりうるきわめて平凡で卑俗なもので、それに動揺した彼女の右往左往ぶりは、やや滑稽でさえある(『ソーラー』や『甘美なる作戦』で縦横に発揮されたマキューアンの喜劇的センスはここでも健在だ)。他方、裁判官として彼女が向き合わなければならない課題は、信教の自由、自己の身体に関わる決定権、成年と未成年の境界、生命尊重の倫理、等々、複数の大きな原理が複雑に絡み合う迷路のような問いである。ひとたび成立してしまった判例は、強い拘束力によって以後の司法判断を縛ることになる以上、彼女の責任はきわめて重大だろう。

  一方に卑小な私的苦悩があり、他方に崇高な公的使命がある。まったく触れ合うところがないし、そもそも触れ合うことなど決してあってはならない二つの問題だ。私的感情の混入によって司法判断が濁ってはならず、また法官としての職務は私生活上の困難を解決してくれるわけでもない。しかし、彼女はみずからの人生においてその二つを同時並行的に生きなければならない。正義の実現と社会秩序の維持に奉仕する裁判官であり、同時に、ささやかな幸福を希求する弱く脆い一女性でもある彼女は、そのはざまで引き裂かれ、途方に暮れて立ち尽くす。

  本作の圧巻は、この「輸血訴訟」の結論として彼女が書き上げた詳細な判決文である。関係者全員の錯綜した主張の交錯をあたうるかぎり明晰に解きほぐし、過去の判例と法の準拠すべき原則に照らし合わせたうえで、彼女は或る判断を下す。これは美しい文章だ。あらゆる論点を公平かつ徹底的に吟味し尽くしたこの散文の、とことん論理的な構築性は、それ自体見事なものだが、それだけならば官僚の書く報告書や事務文書の域を出ない。裁判官の使命は最終的には、決断を下すという行為にある。輸血するのか、それともしないのか。決断には責任が伴い、その責任を引き受けるために必要なのは勇気である。私情をいっさい差し挟まずに発露されたこの勇気、そしてそれを為しえたフィオーナの人間的な勁さは、感動的と言うほかはない。

  しかし、その判決後、患者の少年がフィオーナと私的交流を持つことに執着するあたりから、彼女は弱く脆い一女性の立場へ突き戻され、あの引き裂かれが、さらにいちだんと鋭く痛々しいかたちで回帰してくることになる。このあたりのマキューアンの巧緻な物語作りにはほとほと感嘆のほかはない。この少年自身も、教義の拘束、生への希求、魂の交流への渇きなど、矛盾し合う要求に引き裂かれながら生きているのだ。

2015年に読んだ本 ⑪から⑫は次に続きます。 ベスト12