『チャキの償い―』藤原咲子 著を読んで | ・・・   旅と映画とB級グルメ と ちょっと本 のブログ

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『チャキの償い―新田次郎、藤原ていの娘に生まれて』藤原咲子 著
この本を読み始める前に『父への恋文』『母への詫び状』『流れる星は生きている』を読みました。

 
 
 

『流れる星は生きている』満州にいた日本人家族の引き上げの物語である。家族といっても、この物語に夫の藤原寛人(新田次郎)はなく、26歳の妻、藤原ていが、6歳の正宏、3歳の正彦(藤原正彦)、1か月の咲子(藤原咲子)のみだ。この幼い子どもを連れて、若い女性が死線をさまよいつつ壮絶な脱出劇を展開する。 
ていさんは、3人の幼子を連れ、ときに、2日2晩も眠らず、移動を続けます。力尽きて倒れる人もあり、牛車を雇ったりしながら、歩き続けます。朝鮮の農家に宿を乞い、一晩、馬小屋に泊めてもらい、保安隊に見つからないよう、早朝に馬小屋をあとにしたりしました。赤土の泥にまみれて歩き、川を徒歩で渡り、38度線を越えればアメリカ軍がいると聞いていました。
『父への恋文』藤原咲子は「流れる星は生きている」を読んだことで「「背中の咲子を犠牲にして二人の兄を生かす」「咲子はまだ生きている」という母の記述を読んだ12歳の咲子さんは誤解して自殺をもくろんだという。そんなチャキを励ましつつけた父親から「お父さんが死んだらね、作家新田次郎はこんなふうに原稿を書いていたって、しっかり作品に残すのだよ」と、子供の頃から 文章指導をうけていた。父娘の あたたかで深い愛情に包まれた絆には 仄々としたものを感じる。
『母への詫び状』『「私は愛されていなかった」と母への不信感を募らせる乳飲み子であったにもかかわらず、引き揚げの時の恐ろしい記憶は北極星を恐れ、自分が入っていたリュックの紐の幻影が目に浮かぶ形となって作者を苦しめる。その生きることの困難さが身にしみついてしまった心は、母との相克をより深く受け止めてしまう。恋愛にも結婚にもその諦観は深く影響し、苦しむ自分から離れることができない。しかし、四十年以上たってから、再びその本を手にとった作者が目にした ものは、自分である娘に対して両親が書いた暖かい言葉だった。 「よく大きくなってくれました」という母の言葉と、その長年苦しめられた母の作品が、記憶をもとにしたフィクションであるということを知った作者は、長年の母に対する苦しい思いからやっと解放される。

 


『チャキの償い―新田次郎、藤原ていの娘に生まれて』藤原咲子 著
ベストセラー作家・新田次郎の素顔を描いた『父への恋文』、『流れる星は生きている』の深層を著した『母への詫び状』に続き、藤原咲子の心の情景と溢れるほどの家族への想いを描写した渾身の第3作。 

母親とふたりの兄に連れられての中国東北部・延吉からの引き揚げ体験が、家族や藤原咲子氏に与えた影響は大きかった。さらに父・新田次郎も同時期、抑留され、苦悩の日々を送っていた。中国東北部を数回にわたって現地踏査し、彼らの足跡をたどるとともに、自己の解放、再発見を試みる自分さがしの思いを綴る。
内地への引き揚げに自分たちのたどったコースと、
新田次郎が抑留されていた旅をからめて、当時の状況を綴る。へ償い、債務を下ろすことが使命である以上、どうしても決行しなければならない旅。そして、父の抑留時代の中国吉林省延吉市を歩き、父の闇に対峙する旅。ベストセラー作家の素顔を綴った『父への恋文』と、引揚げ体験による苦渋の深層にふれた『母への詫び状』に続いて、自らの心の情景を描いた完結編。
目次
第1章 『流れる星は生きている』を歩く(中国・北朝鮮国境を辿る旅;小説になかった真実)
第2章 新田次郎の心の闇―『望郷』『豆満江』を辿る旅
第3章 国語教育者・大村はまとの交流―藤原ていの寂寥の源泉
第4章 娘に聞かせた昔話―父からの二度目の添削指導
第5章 それからの私(淡い想い;結婚、そして別れ;大学教授とロックミュージシャン)
 現地踏査を重ね、両親の描いた作品と向き合い、なお自らの心の対話を繰り返して行き着いた新境地がひたむきに綴られています。
 作家であり父である、新田次郎の素顔を描いた『父への恋文』、『流れる星は生きている』の深層を著した『母への詫び状』に続き、藤原咲子の心の情景と溢れるほどの家族への想いを描写した渾身の第3作です。
中国北東部の旅と中国側から見る北朝鮮の貧しい人々の現在の暮らし、当時の情報を得ようと旅を続けますがそれを許してくれるよな国ではありません。本と対話しながらなの旅をすることからつづられる二人の作家である父(抑留体験を殆ど書かなかった)と母の(引き上げ体験を書いた)とその娘の家族の物語ですね。