「本物の門番」
住む部屋もない階段掃除のブーリー・マーは、折れそうで悲しげな声で苦労を数え上げ、昔の暮らしを誇るのだ。「ああ、いい暮らしだったねえ。あんたらにはわからんだろうな!」独演会のうちどれが本当のことなのか、誰にもわからない。そのうち門番のようなものになり、アパートの住民から重宝がられるようになった。ある日、ダラルさんが流しを買ってきたあと、奥さんたちのあいだには不穏な空気が流れだした。「アパートのためを思ってるのは、みんな同じなんだからね」。アパートは昼夜ずっと職人が来るようになり、ブーリー・マーは仕事が出来なくなり、屋上で寝るようになったのである。
やがて、門番の仕事を失い、アパートを後にする。
インドパキスタン分離のあとカルカッタまで流れてきた。
ダッカ時代のブーリー・マーの自慢話。
「四人の娘がいて、レンづくりの二階家と紫檀」の箪笥があって・・・
「だって校長先生に嫁いだんだからね。バラの香りをつけた水でお米を炊いて、市長さんの来てもらって、みんな鈴合金のフィンガバールを使ったものだ」
マスタード風味のエビをバナナの葉につつんで蒸したんだ。おいしいものに出し惜しみはしなかった。・・・・、庭に池があって、魚なんかいくらでもいたし」
(魚を毎日でも食べられると自慢している)コルカタでは淡水魚が高級魚らしです
セン夫人の家
アメリカの東海岸の町に舞台
エリオットは今ではセン夫人の家にいのが楽しみになっていた。母が迎えに来る六時二〇分までに、セン夫人は野菜をすぱすぱ切ったり、おぼつかない運転の練習をしたり、エリオットと魚を買いに行ったりした。母といっしょのときは何でもないことが、セン夫人といっしょだと、どうも様子が違うような気がした。また、セン夫人が「うちではね」と教えてくれる、その「うち」がインドのことだということも分かってきた。
魚好きのベンガル人 セン夫人は カルカッタで作った故郷の魚料理を再現することを楽しみにしています。
「カルカッタでは、朝起きてまず魚、寝る前にも魚、運がよければ学校から帰っておやつに魚。尻尾も卵も頭さえ残さない。どこの魚屋へいってもいい。夜明けまえから夜中まで買える。「うちを出て、ちょっとあるくだけ、それでいいの」
ということで、コルカタの魚市場を訪ねてみました。

















































