旅にもって行きたい本 アフリカ編 NO3
旅に持って行きたい本をまとめて見ました。あなたならどこへどんな本を持って旅にでますか。NO3です。NO1 NO2から読んでね。三部構成です。
⑤『サハラに賭けた青春 上温湯隆の手記』
この本は 三十年前に 読んだ 伝説アフリカの旅のバイブル的な本です。
旅する おじさんが 中学生時代に読んだ唯一の本といってもいいでしょう
アフリカ大陸は不思議な魔力を持った大陸である。18歳の少年が
ライオンに追われ マリファナを吸い エチオピアの娼婦を買い内戦の紛争が続いて 自由に旅のできない アフリカ 砂漠の夜風がみにしみ ヒッチハイクに苦労 詐欺師にだまされ 村祭りに感動し ポリス喧嘩して牢屋へ
エジプト スーダン エチオピア ケニア タンザニア マラウイ ザンビア ザイール 中央アフリカ カメルーン
ナイジェリア トーゴ ガーナ コートジボアール マリ ニジェール アルジェリア モロッコ と旅をした記録です。
何故か アフリカを旅したいかと 考えさせる本です。
⑥『サハラに死す 上温湯隆の一生』アフリカの旅のバイブル本
アフリカを旅する旅人のバイブルをおじさんは35年以上前に読みました。
上温湯という珍しい名前だが、おじさんの住む鹿児島にある名前です。小学生だったおじさんが彼の父親の出身が鹿児島であったから興味をもって読みました。世界を50カ国のヒッチハイクで旅をした。彼が次に目指したのがサハラ砂漠単独横断7000キロの旅でした。

目的 サハラ砂漠単独横断7000キロ 遊牧民の生活の調査。彼らが如何に砂漠の自然に適応しているかを記録する。遊牧民の生活様式を旅行に取り入れ共に生活して記録する。
挑んだ旅で在ったが。
アフリカ西部のモーリタニアからマリ・ニジェール・チャド・スーダンの紅海までの計画であった。資金難から旅を共にするラクダ一頭しか購入できずに出発する。灼熱の砂漠で水不足とエサ不足、食料不足と夜の砂漠の寒さとの戦いの旅をする。遊牧民の暖かい歓迎に出会いある。
しかし3000キロの地点でエサ不足でラクダが疲労して死亡する。旅の中断を余儀なくされる。
ナイジェリアの首都ラゴスで休養と資金調達行ない。再びサハラ砂漠の旅へ挑んだ上温湯隆。ラクダに逃げられて二週間後に飢死する。
彼は普通の青年であり、日本か帰ったら早稲田大学に入る準備に入るつもりだった。世界を旅する若者としていつも日本人としてのアデンティティーは何かと?対峙しながら旅をしつづけて・・・サハラに死す。
今回読み直してみてワクワクして涙がでました。 計画に余裕がない若者の旅。それができる若さがうらやましくなりました。
タンザニアでおじさんが好んで食べたのがアフリカンオムレツです。これは前回紹介したスペインオムレツのアフリカ版です。
タンザニアの奥地にあるタンガニーカ湖 ゴンベ動物保護区でチンパンジーの観察研究に取り組むジェーン・グドールと過ごした10 日間。・・・・・星野の旅してはヤッケ仕事の旅というて感じですね。写真はいいですよ。
私がザンビア行きリエンバ号待ちをしている時に暇つぶしにゴンベにチンパンジー見にいきました。
帰りの船(甲板なし木造船30人乗り)でキゴマへ向かう航路の中ほどで、突然乗客が騒ぎ出し拍手、大声歓声が。リズムとって歌いだす。彼ら見ている湖岸の大地溝帯山並み(標高70〰80m)岩の自然テラス3人若者ダンスを踊っていではありませんか。
ニューヨーク観た『ライオンキング』ミュージカルの踊りより素晴らしのです。
⑧『アフリカの日々』 イサク・ディネセン (著),横山 貞子 (翻訳),
デンマークからアフリカに渡ってきたブリクセン男爵夫人は、
おじさんは、キリマンジャロに登りました。
1914年から17年間、ケニア キリマンジャロ ンゴング丘陵のふもとに農園を営み、暮らしていた。農園はコーヒー栽培にはやや高度がありすぎるが、手つかずの自然の美しい景色を見渡せる場所だった。経済的に行き詰まり、デンマークに帰国することになってしまったブリクセン男爵夫人は今、英国人デニスとの友情をあたため、動物たちと親しみ、キクユ族やソマリ族、マサイ族といった現地の人々とともに共存した懐かしい日々を振り返る。(本の紹介記事より)
彼女がマサイ族やキクユ族、ソマリ族とのアフリカの価値は、家畜であり家畜が財産である。アフリカの人々と欧米人との罪と罰にたいする認識の違いが浮き彫りになっていく弁済は価値のある家畜(牛一頭とか弁済金額の価値により頭数が変わる)。アフリカの踊りは、それ自体が祭りであり、民俗の誇りである。彼女を支えてコーヒー農園を運営するアフリカ人執事との交流を当時のアフリカが見えてくる。
おじさんが 好きな話は、いくら可愛がられても、野生動物として誇り高く生きることを忘れようとしないアンテローブの仔鹿ルルのお話。(怪我した小鹿を助けた時)
デンマーク人のナイロビで働いていたろくでなしのウィエーターが夜逃げして彼女を頼りに借金を頼みに来るとき、同国人として最後の情けでお金を恵んでやる。彼がケニアから国境を越えてタンガニーカ湖まで歩いていくと出て行った。野生動物の道なき道を歩いていくなど無理だと思って見送る(野垂れ死にすると思っている)。 数年後に彼手紙とお金が返却されてきた。
映画『愛と哀しみの果て』おじさんは好きではないので省略します。
アフリカでの親切
ヴィクトリア湖畔のムソマはデンマーク人がタンガニーカ湖へ行く時にたぶん通った街。おじさんもタンガニーカ湖へ向かうためにキリマンジャロからこの街に夕方にローカルバスでやってきました。ムソマは国境地帯の町で外国人は一人もなく、ライフルをもったガードマンがところどころにいるような猥雑なアフリカの町でした。バスを降りる安全のためタクシーで修道院の運営するホテルへ行きました。となりの大きなムワンザ町に行くバスは朝5:00便しかなく(1日1便だけ)暗い中、降りたバスターミナルとは違う別のターミナルに行くのは大変だと思っていたら。親切なシスターが朝起こしてくれて、バス停まで懐中電灯で照らしながら1.5キロの道を送ってくれました。
本当に感謝感謝でした。
このホテルでたべたのはヴィクトリア湖の名物テラピィアのフライです。味を鯛の同じ感じで上手いですが。タンザニアでは油でしっかり揚げすぎるのでそこが・・・・。
アフリカ編NO1~NO3の ①から⑧から選んでコメントしてね。






