ブイヤベースと『キリマンジャロの雪』とワールドカップの旅
東京で夏休みにフランス映画を見ました。
『キリマンジャロの雪』
原題:Les Neiges du Kilimandjaro
監督:ロベール・ゲディギャン
出演:アリアンヌ・アスカリッド、ジャン=ピエール・ダルッサン、ジェラール・メイラン、マリリン・カント
製作:2011年/フランス
時間:107分
マルセイユに住む50代の夫婦。夫ミシェルは組合委員長として働き続け、妻のマリ=クレールは通いの家政婦をしています。2人は、姉妹夫婦、息子と娘、孫たちに囲まれて暮らしていましたが、ミシェルがリストラの憂き目に遭い、しかも、いっしょにリストラされた青年がミシェルの家に強盗に押し入りました。
2011年製作ということで、世界的に経済が悪化するなか、ここマルセイユでも再就職は難しい模様。皆が自分のことで精一杯で、加えて、ミシェルたちが積み上げてきた闘争の歴史と精神は、もはや、若者たちには通用しなくなっていました。
印象に残っている場面があります。働き口が見つからないミシェルは、夕方、バルコニーのイスに座り、オリーブの実をかじりながら一杯やっています。そこに、マリ=クレールが帰って来るのですが、ミシェルは、“30年前の俺たちが、路地から、この風景を見上げたらどう思っただろう”と告げます。マリ=クレールは笑みを浮かべながら、“小市民”と答えていました。
ストーリーは、強盗に入った青年が幼い2人の弟の面倒を見ていることを、夫婦が知ることで展開します。対岸に近代的な高層ビルがそびえる埠頭でダンスパーティーを開いたり、家族の帰りを待ってテラスで食事をしたりする場面など、港街の市井の風景が随所に見られ、海と、風と、太陽と共に暮らしてる人々の生活が垣間見えました。そんな中でも、犯行を知った家族の口から出た「何が変わったの。なぜ、人を殴ってまで奪うようになったの」という言葉には、景色は変わらなくても、人々の心が変わっていることを暗示させます。
本作は、犯罪に巻き込まれた夫婦が、迷いながらも、ある選択をすることでクライマックスへと向かいました。ユゴーが信じ、ロベール・ゲディギャン監督が信じたものは、いまだ厳しい経済・社会環境にある日本の人々の心にも、あると信じたく作品でした。
パンフレットより。
マルセイユには港の近くに庶民の海水浴場があります。
マルセイユにはパリにはない庶民の文化、他民族社会で義理人情のある港町文化があると思います。 パリのフランス映画誕生100年祭で見たフランス映画のなかでマルセイユのキャプテン(キャッチャーボートの船長と人妻の看護婦との恋愛映画)は最高の恋愛映画でした。「マルセイユの決着」でさえギャング映画でさえ義理人情の世界が出てくるのがマルセイユの土地柄です。
フランスの社会党政権にはアルジェリア移民から政権に参加も見られますね。
つづきはパート2をみてね。
