島「Island」短編集から「ランキンズ岬への道」ケープ・ブレトン島のロブスター
「灰色の輝ける贈り物」短編集日本語版より
著者Alistair MacLeod 写真左 1936年カナダ・サスカチュアン州生。プリンス・エドワード島の東隣にあるノヴァ・スコシア州ケープ・ブレトン島で育つ。樵、坑夫、漁師などをして学資を稼ぎ、博士号を取得。2000年春までオンタリオ州ウインザー大学で教壇に立つ傍らで短編小説を発表。
1999年唯一の長編「No Great Mischief 」がカナダで大ベストセラーとなり、翌2000年、76年と86年刊の短編集2冊計14篇に新たな2篇を加えた全短編集「Island」が刊行される。31年間に僅か短編16篇という寡作な作家。
特に「ランキンズ岬への道」はすばらしい。“終わりの始まり”と名づけられた断崖絶壁、その終着点に住む祖母のもとを、若い孫息子がおとずれる。彼は祖母の気質を受け継いだただひとりの孫で、ふたりは世界のながめかたを共有している。
「うん、知ってる。おばあちゃん、その話、前にもしてくれたよ」
「マクリモン家の人間はふたつの才能を授かっているといわれてたんだよ。音楽の才能と、自分の死を予知する才能をね。そういう才能は、マクリモンの血筋に受け継がれているはずだよ。それは誰でも授かれるような才能じゃない」 ——「ランキンズ岬への道」
だが、孫には秘密があった。それがなんとも切実で、痛ましい。
「誰も人生は楽なもんだなんて言ってやしないさ。人生というのは、ただ生きていかなきゃならないものだというだけのことよ」。僕は今日、少なくともひとつには、そうした人生を生き、死を迎えるために強さを見つけたいと思って、ここに来た。
人はそれぞれが孤独な水滴のような生き物で、そのあいだには超えられない溝がある。だからこそ人は橋を架けつづけようとする。
たいがいはうまくいかない。だが、マクラウドの作品では時折ではあるものの、心が通う瞬間があるのがいい。それは、人生という無情なものがわれわれに与える、偶然の贈り物であるからだ。
愛する祖母の家を訪れた26歳の青年キャラムには、まだ家族のだれにも告げていない秘密があった。それはあまりにもつらい秘密だったが、一緒に暮らすことを望む祖母に隠してはおけなかった。
人里離れて不便な地で独り暮らしをする祖母と、その祖母を説得してなんとか養老院に入るよう勧めてくれという家族。でも、青年の思いは別のところにあるの。
祖母の家にいたるまでの長く美しい描写からはじまって、とつぜん、え、と思う出来事がポツンとあり、それからまた、なにごともなかったように祖母の家での親しげな会話があり、そのあとで…。ああ、このもって行き方のうまさ、自然さ、みごとすぎるよ~。
"ランキンのポイントへの道"では、癌で死にかけている若い男は、ケープ·ブレトンの彼の祖母の家に戻ります。我々は何年も前に、彼女の夫が崖から落ちて死んだことを学びます。老婆の大家族の残りの部分は、ホームに移動する彼女を説得するために、到着します。孫沈黙して彼は祖母と一緒に暮らすことを宣言して、彼らは彼の病気を知って、・・・・・・。
家族が集まりバイオリンとスコットランドの哀歌が歌われ踊られる。宴会は終わり彼らが帰ったあと。残された二人は・・・・。
マクラウド小説は、200年前にカナダ東部の沿海州のケープブレット移民してやって来た話すスコットランドのハイランダーの子孫の農村や漁民にスポットライトあてている。彼らは過酷な自然環境と労働働災害起きやすい現場で生活の糧として働いて苦労しマクラウドの文章は、典型的には、ノヴァ・スコシア州の鉱業と漁村が経験した、身体的、心理的、感情的な厳しさに関連している。一人称の物語を好む、マクラウドは、しばしばスコットランド系カナダ人の鉱山労働者のいずれか現代の本土にノヴァ・スコシア州での貧しい家庭を放棄し、トロントなどに出た子供達と島にとどまった子供達。島で漁師の教育を受けた子孫視線で描いた、ゲール語はなし、ハイランダーの民話や歌の伝統を受け継ぐ家族の移民歴史物語。
成田⇒バンクーバー⇒カルガリー⇒トロント⇒ハリファックス⇒ニューファンドランド島セントジョージ 飛行機を4回も乗り換えて荒涼したセントジョージ空港降り立ってタクシーで町へ向かう運ちゃんの英語がすごい訛りアイルランド訛りでもゴールウェイあたりの田舎英語の訛りで話す。わたしが「Dawntawn Centoral」と言うと「OK」返事がなまっていた。17世紀入植した鱈を求めてやってきたアイルランド人の末裔だろうか?
生鱈料理を食べにわざわざやってきたのに、海はしけており生鱈料理は食べることはできなかった。名物クラムチャウダーを食べたがいまいち。ヒィシュ&チップもいまいち。残念
セントジョージ⇒チャンネル・ボルトー・バスクまでバスで904 km、12時間42分
名前とおり鱈を求めやってきたフランス人スペイン人(バスク人)町に寄る時間なくフェーリへ乗り⇒ケープ・ブレトン島シドニーへ19世紀前半、スコットランドのハイランダーが大量に入植した島はスコットランド文化が色濃く残る町。20mある巨大なバイオリンがシンボルのシドニーはスコットランド音楽の町
この小説の中で、島ではハム買えない貧乏人の子供の弁当のサンドイッチはロブスターサンドイッチだった。と書かれていたよ。そこでケープ・ブレトンに行けばロブスターを安くいっぱい食べられると思ってロブスターを食べにカナダへ飛んだよ。
ケープ・ブレトンの中心ニューシドニーの町のシンボルは大きなバイオリンだ。
これは、スコットランドのハイランダーの移民がやって来た。ことを物語る。ゲール語の物語と音楽とバイオリンを持って新大陸の東の森の島にやって来た人々の町です。
「ランキンズ岬への道」モデルになった場所まで400キロのドライブをしました。











