今日は、キリスト教の暦では「灰の水曜日」で、教会では灰の式が行われます。
↑これは、コロナ前、2019年の写真です。椅子がギッシリ並んでますね。
灰は、棕櫚(しゅろ)を燃やして作ります。
聖書では、わたしたち人間は土の塵(ちり)から作られたことになってます。
そして死んだら塵に還ります。
アンタら人間は、所詮そういう存在なのだよ、自分1人で何でもできると思っちゃダメよ、というような意味のことを、神父さまが唱えます。
そして、この灰を信徒の額に、十字の形になすりつけます。
この灰の印は、自分で拭き取ってはいけないのね。自然に落ちるまでソッとしときます。
そして、今日は大斎・小斎という、ちょっとした断食もします。
苦しみのなかにある人々に思いを馳せ、共感するためです。
でも高齢者は免除されてるので、私は、ちょっと控え目にしただけです。
朝はトーストなし…。
お昼は納豆ごはんにチキンナゲット二つ…。
夜はゴハン少なめ…。
それから、たくさんお祈りします。
でもね、断食してるとか、祈ってるとかをおおっぴらに表現してはいけないのですよ。
「右の手のすることを左の手に知らせてはならない」と聖書にあるのね。
だから、ブログに書くなんてもってのほか!
…なのですが、書きます。
ウクライナの人々の苦しみを思い、ウクライナの人々に、何かしら助けの訪れることを祈ります。
解決法を懸命に考えている人がパワーアップできるように祈ります。
それから、それから、思い付く限りのことを祈ります。
それしか、できないので…。