子供の頃、年長の男子が視聴者参加のクイズ番組に出演して、「夢を食べるとされている動物は何?」という問題に対し、「バク」と答えたものの、一瞬、司会者側に間があったために緊張したのか、「アメリカバク」と答え直したために、敢えなく不正解のブザーを鳴らされたのを、私は今でもよく覚えている。
変に余計な知識を口にして失敗してしまう例として、「獏が夢を食べる」という記述を目にする度に私は今でもこのことを思い出すのだが、さて、それはさて置き、獏が夢を食べるという伝説は、一体どこから生まれたものなのだろうか?
ちなみに中国の文献には元々、獏が夢を食べるという記述はなくて、おそらく獏が邪を退けるという中国の伝承が基となって、獏が夢を食べるという伝説が日本で生まれたのであろうということは wikipedia にも書いてあるが、荒木達雄氏の「中国古文献中のパンダ」という論文に参考文献として挙げられている、荒俣宏氏の「世界大博物図鑑 5 哺乳類編」には、その辺りの事情がさらに詳しく書かれている。
私としては先ず、中国の空想上の動物に関してならば「山海経」だろうと思って、平凡社文庫の「山海経」を見てみたところ、「獏」という項目がない代わりに、他の項目の文中に出て来る「獏」の文字に、日本語訳者が「(夢を食う獣)」と括弧書きで注釈しておられた。
それでは原文か注釈書にそのような記述があるのかと思って原文に当たってみたが、「夢を食べる」という記述はなかったので、仕方なくわざわざ大学図書館まで行って、「山海経箋疏」などの注釈書を調べてみたのだけれど、獏が夢を食べるという記述は見当たらなかった。
ところで、先ほども触れた「中国古文献中のパンダ」によれば、現在、中国語では「パンダ」を「熊猫」と表現するが、古い文献で「獏」と記述されていた動物も「パンダ」を指していた可能性が高い、但し「獏」という漢字は「パンダ」以外に「マレーバク」をも指していたであろうと思われる、とのことだった。
当時の中国大陸にマレーバクが生息していたか、もしくは東南アジアでマレーバクを見た人が「マレーバク」を「獏」として記述したのだろうということなのだが、それならば冒頭のクイズに回答した少年が、「アメリカバク」ではなく「マレーバク」と答えていたら、不正解にはならなかったのかも知れないと、ふと思った。
おしまい。
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