子供の時に読んでいた探偵小説や奇術に関する本のことを検索すると、プロのミステリ作家や奇術師の方が、子供の頃に同じ本を読んでおられたことを知って感動したりする。
その一方で、同じ本を読んでいながら、そのまま在野の一ファンに留まった我々と違い、プロにまで至った作家や奇術師の方たちは、幼少期から努力もし、素質にも恵まれていたのだろうかと、内心、忸怩たる思いもする。
さて、昭和の奇術本である「奇術と手品の習い方」は、子供の頃の私の愛読書の一つなのだが、複数の奇術家たちのブログに「この本を読んでも詳しい演じ方が分からなかった」という意味のことが書かれている。
なるほど。やがてプロに成るほどの方たちは、その後にお読みになったであろう本格的な奇術書と同じグレードを、こうした実用書のタネ明かし本にも求められたが故に、そのような感覚を以て同書をお受け止めになったのかと納得する。
反対に私のようにただタネが知りたいだけの子供は、何の違和感も抱かず自己流に解説文を解釈して適当に奇術を演じていたのだろう。
それはともかく、「奇術と手品の習い方」を読んだ私は、それまでに読んでいた児童向けの手品解説書より遥かに詳しい内容に大変、感銘を受けた。奇術の歴史や催眠術についての科学的な解説も含む奇術に関する概説などにも歓喜し、添付された何枚もの写真に写る著者によく似たおじいさんを電車の中などで見かけては、そんなはずもないのに、もしかしたらあれは石川雅章氏かも知れない、声を掛けてみようかなどと、胸をどきどきさせたものだ。
私が松田道弘氏や二川滋夫氏の本格的な奇術本を読むことになるのは、まだもう少し、2、3年後のことだった。
おしまい。
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