小僧時代にお寺の信者さんだった有名な仏師の方が亡くなり、お寺の老僧始め、小僧一同で「押しかけ回向」に赴いた。
亡くなった仏師の方には他に菩提寺があり、通夜も葬儀も菩提寺のご住職が務められたので、我々は枕経が済んで人気のない通夜の場で、声を合せて読経だけさせて頂いた。
得度したばかりで本山の行も終えていなかった私には緊張と新鮮さの入り混じる経験ではあったのだが、さて、お話変わって、こちらは先日のこと。
微妙な距離でご縁のあった方が亡くなって、そのお宅の菩提寺の和尚さんが七日七日の逮夜参りをされる合間を縫って、ご家族しかおられない日に弔問に訪れたところ、周囲からどうぞ短くて結構ですからお勤めをと仰って頂いたので、押しかけ回向ではないものの、僭越ながら少しだけお経を上げさせてもらうことにした。
そうしたら、ほんのわずかな時間であるにも関わらず、喪主さん始め皆さまが大変に感激して下さって、却ってこちらが、ああ、お経というのは偉いものだなあ、それは私の読経の腕によるものではなくて、お経そのものの力なのだなあと痛感した。
節もののお経を上げさせて頂いたのだが、そう言えば、あの小僧時代に右も左も分からぬ私に老僧が、節の付いたお経であっても天台における「声明」というのは本当に決まったジャンルの声明だけを指し、その他の節の付いたお経は「節もの」と呼ぶのだと教えて頂いたものだ。
「節もの」の代表である常行三昧(例時作法)の中のいくつかの偈文をそのお宅で上げさせて頂いたのだけれど、慈覚大師円仁さんがよく艱難辛苦を乗り越えてこの作法次第を唐から持ち帰って整えて下さったことだ、そしてその基となった教えをブッダ釈尊がよく2500年前に説いて下さったことだ、それあればこそ、そのお宅におられた皆さまの法喜も充満したのだと、改めてお経の力を有り難く思った次第。
おしまい。
※画像はタイのお経のVCDブックです。
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