お坊さんは草履をどちら向きに脱ぐべきかについての覚え書き | アジアのお坊さん 番外編

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日本の礼儀作法では、草履を脱ぐ時は前向きに脱いで、後で草履の向きを手で反対にひっくり返して揃えるというのが正式らしい。私は今までの修行道場で、そのように指導されたことがなく(もちろん草履を脱ぎ散らかさずに揃えよということは躾けられたけれど)、普通に後ろ向きに草履をそろえて脱いでから室内に上がっていた。

 

近頃ふと気になって、最近面識の出来た、同じ天台宗でよく法儀に通じておられるのにも関わらず、腰の低いご僧侶の方がおられるのでお聞ききしてみようと思い立った。そうしたら、そのお答えは、自分もたまたま今までそう教えられことがないので後ろ向きに脱いでいるが、おそらくは茶道のにじり口の作法などが基になっているのでは? 但し、高級料理店などでは前向きに脱いでから手で向きを直して揃えるようにしています、とのことだった。

 

なるほど、大変よくわかる説明で、茶道などにも通じておられた上でのご回答、予想通り奥床しくて、その上、高級料理店!? いえいえ、贅沢をされている訳ではなくて、私と違ってきちんとお坊さん社会のお付き合いにも礼を欠くことなく暮らしておられるのだろうと、一層ご尊敬申し上げたくなった次第だ。

 

ちなみに宗派とは関係のない一般の書店から出ている僧侶の礼儀作法集みたいな古い実用書を見たことがあるが、そこには世間と同じく、草履は前向きに脱いだ後に手で揃えると書いてあったから(天台宗の法儀集には私が問題にしているような状況での履物に関する作法は載っていない)、そのように指導するご僧侶や宗派もあるのかも知れないから、ここに書いたことはあくまでも覚え書きに過ぎないと思って頂きたい。

 

そう言えば、タイのお寺で修行中、近くのお寺に別の日本人テーラワーダ(上座部)僧の方がおられて、その方も私と同じく日本の宗派に属する僧侶でありながらタイで得度した方だったのだが、そのお坊さんに草履のことで注意をされたことがある。

 

草履と言っても現地では、黄衣にビーチサンダルだったのだが、私がその方のクティ(僧坊)を訪ねた時、他のタイ人僧侶たちと同じくサンダルを前向きに脱いだまま揃えもせずに中に入ったものだから、現地の緩やかな風習に合わせたくなりがちなお気持ちは分かりますが、やはり日本人僧としては草履を揃えるべきで、私はタイ人の修行仲間にも、少なくとも自分のクティに入る時には、それを守ってくれるように言っています、なかなか徹底してもらえませんが、とのことだった。

 

 

私がタイで修行させて頂いたのは、僧侶としてもまだまだ駆け出しの頃だったのだけれど、上記のようなタイでの思い出話も含めて今思うのは、世間一般の作法はともあれ、お坊さんにとって、前向きであれ、後ろ向きであれ、草履を揃えるという行為は、気づき(sati)を高めるためのものなのだなあということだ。

 

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