シャーロック・ホームズ、ブッダガヤへ行く | アジアのお坊さん 番外編

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名探偵シャーロック・ホームズは、「最後の事件」という作品の中で、宿敵モーリアーティ教授と共に滝壺へ落ちて死亡したと思われていたが、後に「空家の冒険」という作品において、実はその期間、姿をくらましていただけで、無事に生きていたことが判明する。

「空家の冒険」は作品としては「最後の事件」から十年後の発表だったが、作品世界の内部では「最後の事件」の三年後の出来事だったとされ、その期間をシャーロキアンたちは「大空白期間」(大空白時代とも。原語は Great hiatus)と呼んでいる。

ホームズ自身の語るところでは、この期間、彼はチベットに潜入していたとのことで、「世界を魅了するチベット」(石濱裕美子著)によれば、それを題材にしたチベット人による「シャーロック・ホームズの失われた冒険」などというパスティーシュ小説もあるそうだ。

ホームズの大空白期間をテーマにした作品は他にもたくさんあって、チベットではない、他の場所に行っていたという設定も多種多様なのだが、その中には日本絡みの物語も意外と多い(例えば松岡圭祐氏の「シャーロック・ホームズ対伊藤博文」など)。

そんな中で、インド人著者による「シャーロック・ホームズ、ニッポンへ行く」(ヴァスデーヴ・ムルディ著・国書刊行会)という小説は、ホームズがインド及び日本を旅するという、ちょっと変わったお話だ。

小説としての出来はともかくとして、私が興味を持ったのは、シャーロック・ホームズの旅路にインドのブッダガヤが出て来ることで、時代設定的に印度山日本寺は出て来ないし、特別、詳細すぎるほどの描写もないのだけれど、ブッダが悟りを開いた聖地ブッダガヤが、こうした小説に出て来ることは珍しいので、記録の意味でここに採り上げておくことにした。

パスティーシュ小説というものは難しいと思う。原典と整合性があって、なおかつ当時の実際の時代風俗も織り交ぜ、そして小説としても面白く組み立てるというのは、きっと大変な創作作業なはずで、だから、大空白期を直接扱った小説ではないものの、上記の条件を満たした上で、ミステリとしての意外性もきちんと盛り込んだ、芦辺拓氏の「真説 ルパン対ホームズ」などは、本当に偉大な作品だと私は思う。