インドのデリーにあるラクシュミ・ナラヤーン寺院は富豪ビルラが建てた絢爛豪華な建築で知られ、神妃ラクシュミと共にヴィシュヌ神が主神を務める寺だが、ナーラヤーナとはヴィシュヌの別名で「宇宙の水の上を住居とする者」の意味だ。
ヒンドゥー教におけるトリムルティ(三神一体=ブラフマー、シヴァ、ヴィシュヌ)の一人であるところのヴィシュヌ神は、海の上に浮かぶシェーシャと呼ばれる巨大なナーガ(蛇)の上で世界の終わりの時まで眠り続け、次の宇宙が始まる時に目覚めて世界の再創造を司るという。

※ネパールのブダニールカンタのヴィシュヌ像(「インドの神々」創元社より)
ヴィシュヌ神には臍の蓮華から梵天(ブラフマー)の生じている姿もあって、水の上に横たわるヴィシュヌの臍から蓮華が生じ、その蓮の中からブラフマーが生まれたとされるのだが、これはヒンドゥー教勃興以前のヴェーダ神話時代には唯一の創造主であったブラフマーが、やがて時代が下ってヴィシュヌやシヴァの新しい信仰に取って代わられたことを表している、などとよくインド神話の本などには解説されている。

※B.H.U.博物館所蔵(「インド神話の謎」学研より)
仏教神話における梵天(ブラフマー)、帝釈天(インドラ)、シヴァ神(大自在天)などに比べると、ヴィシュヌ神は仏典に余り顔を出さないが、毘紐天などという音写で、いくつかの経典に、たまに出て来る。
そうした数少ない経典の一部が、なぜか「大和葛城宝山記」や「類聚神祇本源」といった日本の中世の神道論書には、世界の創世、天地創造に関する記事の中で引用されていて、例えば「大和葛城宝山記」の冒頭に概ねこんな件りがある。
「水上に神聖(かみ)化生して(略)…名づけて違細(注・ヴィシュヌの音写)と為す。是の人神の臍の中に千葉金色の妙宝蓮花を出す(略)…花の中に人神ありて結跏趺坐す(略)…名づけて梵天王と曰ふ」
臍から梵天が生じるという、この特殊なヴィシュヌ神の神話が日本の仏典や神道論書に紛れ込んだことが、私にはとても興味深く思われる。
参考文献
「インド神話伝説辞典」(東京堂出版)
「中世神道論」(岩波思想体系)
も是非ご覧ください。