三島由紀夫「美しい星」映画化に際して乱歩を思う | アジアのお坊さん 番外編

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バンコクのお寺に居た頃、時折りスクンビットにある日本語書籍の揃っている古本屋さんに出かけたものだが、前川健一氏が「バンコクの好奇心」の中でその同じ書店について書いておられる通り、海外に派遣された日本企業の駐在員の方が、この機会に読み返そうと思って読んだら売って帰るのであろう、新潮文庫の100冊にでも入っていそうな、基本的な日本文学が、たくさん置いてあった。

その古書店で、三島由紀夫の「潮騒」を買って読んだ。そしてそれが私にとっての「潮騒」の初読だったのだが、とても印象が良かった。お坊さんになる前に三島の遺作である「豊饒の海」全4巻や三島唯一のSF的作品「美しい星」を始め、何作か三島作品は読んでいたのだが、ひねくれず簡潔に描かれた「潮騒」の物語が、意外にもとても完成度が高く、面白かった。

もう一度「潮騒」を読み直してみようと思って書店に行ったら、「美しい星」が映画化されたとのことで、平台の上に三島コーナーが出来ていて、「潮騒」もそこに置いてあったので、それを買った。

「美しい星」が映画化? 今週末に公開のようだけれど、内容紹介を見る限り、ちょっと不安だ。三島作品はあの独特の文章で読むからこそ面白いのであって、あらすじそのものを映像化しても、よほどの演出力がなければ、大した出来の映画には、ならないのではなかろうか。

三島自身が上演を前提に執筆し、今に至るまでずっと上演・映像化されている三島版「黒蜥蜴」(江戸川乱歩原作)ですら、私には文章で読む方が遥かに面白い。

この三島版の戯曲「黒蜥蜴」は乱歩存命中に執筆・上演され、乱歩自身が賛辞を寄せているが、それはちょうど乱歩の長大な自伝「探偵小説四十年」が出版されたのと同じ頃であり、乱歩の世界が次世代の作家の作品世界に受け継がれて行くようで、私にはとても感慨深い。


※参考までに年表にしてみました。

1961 7月 「探偵小説四十年」出版
     10月 桃源社版乱歩全集刊行
         (乱歩生前に出版された最後の全集)
     12月 三島版戯曲「黒蜥蜴」 発表

1962 3月 三島版「黒蜥蜴」舞台初演&映画化
     10月 「美しい星」出版
           
     この年、中井英夫が「虚無への供物」第2章      
     までを江戸川乱歩賞に応募。
     同書はリアルタイムの乱歩の現況なども作中に
     取り込んだ戦後ミステリの奇書。
 
1964 2月  「虚無への供物」全編 出版
          三島由紀夫が絶賛
               
1965 7月 乱歩逝去                    

1970 11月 「豊饒の海」第4巻の「天人五衰」の原稿 
         を編集者に渡した直後、三島由紀夫自決

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