春琴の墓 | アジアのお坊さん 番外編

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旅とアジアと仏教の三題噺

古い「春琴抄」の映画をテレビでやっていたらしく、それを見た方が、主人公の春琴の墓を京都でお参りしたことがある、確か本能寺の信長の墓の側だったと仰っていたので、「春琴抄」は大阪の話で、なおかつそれは谷崎潤一郎の創作で、実話ではなかったはずだけれどと思って調べてみた。

「春琴抄」の冒頭に、実在の資料を作者谷崎が潤色してこの作品を書いたかのような由来譚が冠されているが、もちろんそれはまことしやかな作り話だ。例えば江戸川乱歩の「闇に蠢く」や「悪霊」も、乱歩が偶然に入手した原稿や書簡を発表した体裁になっているが、こうした手法は上手に語れば、作品に現実味と同時に幻想味やスリルを与える訳だ。

で、「春琴抄」は薬種商の町・大阪道修町(どしょうまち)が舞台で、主人公たちの墓は大阪の下寺町の浄土宗の寺にあるとなっている。面目ないけれど、手っ取り早くインターネットで調べさせて頂いたら、本能寺にある「春琴の墓」は、浦上春琴という、「春琴抄」とは何の関係もない江戸時代の実在の画家の墓で、なおかつ浦上春琴さんは男性であるとのことだった。

そして、「春琴抄」は創作だから、下寺町に主人公・春琴や佐助の墓は実在しない。上方落語にも寺町としてよく登場する「下寺町」などという地名を、墓所の所在地として使う辺りが、リアリティを持たせるための、谷崎一流の魔術だ。

道修町にある薬祖神・少彦名神社にある「春琴抄」の文学碑は2000年に建てられたものだから、私の手元にある古本の「大阪文学散歩」(保育社カラーブックス・1981年発行・絶版)には、碑についての記載がないが、古い店構えを残す小西儀助商店の写真は載っている。

そして、この店舗は2001年に、国の重要文化財に指定されたんだとか。とは言うものの、この界隈にも追い追い時代の波が押し寄せているのを最近に見た時に、思わず浮んだ拙い一句、

  道修町 ドラッグチェーンも 軒連ね

                            おしまい。



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