バンコクのワット・リアップにある在タイ日本人のための日本人納骨堂には、高野山真言宗のお坊さんが、任期3年を目途に駐在されている。私は同じバンコクのワット・パクナムで修行中に、日本人納骨堂の蔵書の中から、前川健一氏の「バンコクの好奇心」を貸して頂いて、読んだことがある。
タイ生活の初めにこの本に出会えたことは、本当に幸せだった。1990年代の初頭に書かれたこの本の内容は、現在、いささかも古びていない。情報自体は古くなっているにも関わらず、今、タイで生活を始める日本人が読んでも十二分に役に立ち、そして面白いと思う。
その後の氏の著作の中での労作は「東南アジアの三輪車」だろう。タイでトゥクトゥクやソンテウに乗り、インドでオートやサイクルのリキシャを見て、日本の人力車に由来を求めるのは簡単だが、先行する諸研究を差し置いて、現在の旅行者の視点で、これだけ詳しい本が書けるのは、前川氏ならではだ。多分、今後、これ以上詳しいアジアの三輪車本が世に出ることは、もうないだろう。
ところで「バンコクの好奇心」は前川氏の初期の著作だが、その物の見方や文体、手法は近年の著作に至っても全く変わらない。進歩や成長がないのではなくて、いかに氏が若い時から老成し、成熟しておられたかということの、これは証しだろうと思う。
前川氏の最近の著作の中で私が好きな、「旅行記でめぐる世界」から何ヶ所か引用を。
・海外旅行が自由化された60年代後半から現在にいたるまで、若者の留学記や旅行記があまた出版されてきたが、そのほとんどは露と消えた。ものを見る目と、それを表現する文章力の差が、勝敗を分けたのである。
・「深夜特急」もまた、「自分探しの旅物語」だと書評か何かで読んで、「インテリ青年の苦悩の告白」など苦手な私は、いままでずっとこの本を読まなかった。旅を正当化する立派な理由などなにも必要ないのだと、私は思っているからだ。
是非、通して読んで頂きたいと思ったから、引用箇所のページ数は、敢えて省いた。