蔵前仁一氏の「ホテルアジアの眠れない夜」(講談社文庫)に、「一日一事」という言葉が載っている。バックパッカーたちの、一日に一つだけ用事をすれば、それで事足れりとする暮らし振りのことだ。
日本人の書いた旅行記などに、上座部仏教のお坊さんの暮らしは暇そうだ、などと書いてあることがある。実際、熱い国では午後に昼寝をする僧侶も多く、ブッダ在世当時にも仏教僧の午睡は、他教の批判の的だったとか。
でも私は、タイでの修行中、雑務に関わることなく、個人の自由意志で修行できる上座部仏教のシステムは、何と晴々として、心に適っていることかと感動したものだ。
お前は大乗仏教の修行がわかってないとか、日本のお寺の法務は単なる雑務じゃないぞとか、反対に上座部仏教の修行はそんなに甘いもんじゃないぞと仰る方もあるだろう。
全くその通りで、仏教の修行は一日一事というよりも、一瞬一瞬、一念一念正しく気をつけていることこそが眼目だろう。
けれどやっぱり、世の中には余計な仕事が多すぎる。修行であれ、一般社会の生活であれ、世の中は、一日一事で十分だと思う。