インドのブッダガヤにある日本寺にはいろんな宗派のお坊さんが駐在しているので、朝晩のお勤めにはパーリ語の三帰依文、開経偈、般若心経、舎利礼文など、なるべく各宗派に共通するお経が使われている。この内の舎利礼文(しゃりらいもん)は、本来は天台、真言、浄土、禅などの各宗で用いられている経典だ。
舎利礼文の出典は未詳とされているが、内容からすれば密教八祖の一人、中国の不空金剛の撰という説が有力だ。密教的な内容なのになぜ浄土宗や禅宗で用いられるかと言うと、法然や栄西、道元が、初めは比叡山で修行したからだろう。
短く簡潔な上、釈迦如来すなわちブッダへの礼賛に始まる経典なので、ブッダ成道の地で修行する我々が、どんな折りに読誦するにも適したお経だなあと、他の駐在僧ともよく話したものだ。私はインドだけではなく、テラワーダ仏教諸国のお寺で日本語でお勤めする時にも、このお経を上げるようにしている。
そう、少し意味は違うけれど、マハパリニッバーナ経でブッダがストゥーパ礼拝の意義を説いた部分、岩波文庫版の「ブッダ最後の旅」では133ページの、ストゥーパを礼拝する人は修行完成者を思い浮かべて心が浄まるという箇所を想定しながら、舎利礼文を唱えている。
インド人とのハーフで、南インドやスリランカにも取経に行ったとされる不空金剛が、マハパリニッバーナ経を踏まえて自身の密教的素養を基に舎利礼文を撰述したということは、ないだろうと思うけど。
※開経偈も出典未詳なので、日本で作成されたのでは? などと書いている方がいますが、絶対にあり得ません。詳しくはホームページアジアのお坊さんの「アジアの経本~開経偈の意味と出典」をご覧下さい。
※天台宗から分かれた宗派に密教的要素が残っていることについては、2008年3月4日付ブログ インド人の爪弾き」をご覧下さい。
※初期仏典を想定しながら漢文のお経を上げることについては、2008年5月14日付ブログ「ごく私的なお経の話」をご覧下さい。