前川健一氏と「バンコクの好奇心」 | アジアのお坊さん 番外編

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旅とアジアと仏教の三題噺

 前川健一氏の名著「バンコクの好奇心」(めこん)が出版された1990年頃には、まだバンコクにメータータクシーも少なく、スカイトレインも地下鉄も走っておらず、サヤームパラゴンも出来ていなければ、外資系大型スーパーのテスコロータスやビッグCが地方都市にまで進出していることもなかった。それでもこの本は「執筆当時のバンコクの貴重な記録」として重要なのではなく、今読んでもバンコクやタイやタイ人の気質について、現在出ているどんな本よりも深く教えてくれるから名著なのだ。前川氏の本が素晴らしいのは文章力もさることながら、物の見方が独特だからだ。例えば「タイ様式」(講談社文庫)にはこんな言葉がある。

 ●外国からはるばるタイにやって来た若い旅行者たちが、貧乏ということは考えられない。自称貧乏旅行者はいくらでもいるが、タイの貧乏人並みに貧乏な旅行者はめったにいない。

 労作「東南アジアの三輪車」(旅行人)も素晴らしいが、私が好きなのは「旅行記でめぐる世界」(文春新書)だ。たくさん旅をし、たくさん本を読み、たくさん物を考えた人にしかこんな本は書けない。

 「バンコクの好奇心」にこんな言葉がある。

 ●「タイ人は時間を守らない」という感想から、外国人は二種類の結論を導き出す。「だから、タイ人は駄目なんだ」というものと、「時間に縛られず、なんと人間らしい生活をおくっていることか。それにひきかえ秒刻みの生活を送っている我々は…」という二種だ。私はどちらの意見にも同意しない。タイ人は本当に時間を守らなければならないときには守るし、どうでもいいときには守らないからだ。

 一山なんぼのカオサン系ライターには、決して書けない文章だ。