テロリストの爆破テロによってまだ四歳の愛する息子を失った母親の悲しみと葛藤を描く本作の
原題【INCENDIARY】とは、【テロリストなどが用いる爆発物】という直接的な意味だけでなく
【扇情的】【教唆的】などの意味もあって、一見ストレートなタイトルのようで、
テロという現代の大きな社会問題を考えさせる言葉にもなっていると思います。
このごろ本当に酷いテロ事件が続発しているので、本作を久しぶりに観てみたくなったんですが、
初見の時よりは本作が伝えたかったことが見えてきたような気がしました。
旦那とは冷めているとはいえ、溺愛している可愛い息子がいるのに、
近所の金持ちの男と情事にふける母親。しかも、その最中に息子と旦那がテロの犠牲になるという、
なんともいえないストーリーは、捉え方によってはあざとい印象もあって、
これはきっと映画のためのオリジナル脚本かと思ってたら、
『息子を奪ったあなたへ』という原作があったことを今回知りました。
原作に情事のくだりがあるのか知りませんが、客を惹きつけるための昼ドラ的な設定ともいえるこの部分は、映画を観ていくにつれて、その 最初は感じてたあざとさが気にならなくなってきます。
それは、母親が悲しみだけではなく、自身の罪の意識も背負う設定にすることによって、
テロというものに向き合おうとするきっかけになっているように見えるからです。
医者のアドバイスで心のケアのために、同時多発テロの首謀者とされたオサマ・ビン=ラディンに母親が手紙を書く(もちろん本人には届かない)という展開も意外に自然に見れました。
自分自身に大きな罪の意識があるがゆえに、本来なら怒りの手紙になるべきものが、
自分の中での心の葛藤と対峙するかのような手紙になっているような印象を受けました。
テロの実行犯の息子に近づくところも、犯人である父親を捕まえるためというのではなく、
その子供に失った息子を重ね合わせてしまうところに、
本作が伝えたかったポイントのひとつがあったと思います。
テロリストにも家族がいて、その家族は父親がテロなどとは知らない善良な人間だったりする。
テロは絶対悪やとは思いつつ、それを力でねじ伏せようとして暴力の連鎖が続き、それが最近になって更にエスカレートしている現実を見ると、ともすれば批判されかねない本作のそういう描写も意味があると思えました。
実はイギリス政府がテロが起こることを察知しつつ、テロリストを捕まえるために敢えて市民に警告をしなかったというプロットは実際にありそうな話やし、同時多発テロだって不可解な点は多いと思う。あの大国の国防省があんなにも無防備だったのは不自然に感じた。
結果的には存在しなかった大量破壊兵器を理由にイラク戦争を起こした西側の国の行為もある種のテロなんじゃないか? そして、結果的には嘘の大義名分で起こした戦争に多額の資金を出した日本が対岸の火事を見るかのような視点でいていいものなのか?
そもそもテロなんて本気でやられたら防ぐことは不可能やと思う。ここ最近の一連のテロ事件がそれを実証してしまっている。
ここのところ気分が滅入る恐ろしいテロのニュースばかり見て色々考えてたから、
昔観た時はイマイチ感の方が強かったこの作品の伝えたかったことが今回は汲み取れたような気がしました。
普通なら軽いだけにしか見えないような男も、ユアン・マクレガーが演じるとイイ男に見えるのも
本作のドラマ性に貢献してます。
この男が記者で事件の真相に迫るという設定も出来過ぎの感はありますが、その分 ストーリー展開はテンポがよく、時間も100分にまとめられているので見やすいのもいいです。
終盤の演出はやや迷走しているようにも見えますが、それは精神が不安定になっている母親の描写だから必然的にそうなったとも捉えられます。
絶望的な状況にしか見えない中に最後、希望の光が見えるのもいい。
罪のないたくさんの人たちの命を奪う、絶対に許されないテロによる殺人。
命の尊さと輝きをストレートに表現したラストシーンを観たら、
テロに限らず、無差別殺人(戦争も含む)というものが人間の世の中から根絶されないことに対する
やり切れない思いも胸をよぎりました…。