「大人になんかなりたくない」ってけっこうありがちなセリフな気がするけど、
どうして、映画館で観て十年近くになるのに、いまだに鮮烈に心に焼き付いてるんやろう。
今はもうないフェスティバルゲートにあった映画館で観た記憶があるこの映画。
この映画館では二本しか映画を観たことがないから尚更印象が強いのかもしれない。
決して公開館数は多くなく、たまたま当時の通勤経路に上映館があったのは今思えばラッキーやった。
大好きになった映画やからもちろんDVDは持っていても、
このテの作品は家ではなかなか観る気にはなれない。
でも なんでやろう。
今日は久しぶりにこの映画を観たい気持ちになって
(でも、もしやっぱり観る気がなくなったら途中で切ろう)と、わりとフラットな気持ちでDVDをかけたけど、
最初から最後まで見入ってしまった。
初めて映画館でこの作品を観た時のように。
映画は静かに始まり、これといったドラマのないまま中盤まで進む。
しかし、なぜ引き込まれるのか。
それは、冒頭 宮崎あおい演じるみすずのこの 「大人になんかなりたくない」というセリフと
そのみすずの表情に、小出恵介演じる岸と同じように、一瞬で心を奪われたからやと思う。
舞台となるのはボクが生まれた頃とほぼ同じ1960年代後半。
携帯やパソコンなどがない時代。すべてがアナログで、主人公たちの行動までいい意味でアナログに見える。
ボクが大学生だった頃とも全然違う、若者が国や政治に対してハッキリと意思表示をしていた時代。
だからこそ傷つくことはあっても、そこには確かに熱い魂がそれぞれに存在していた時代のように見えた。
そんな大学生 岸は、国や政治に対する不満をデモなどの抗議で訴えても意味がないとクールに構えるが、実は人一倍熱い思いを持っている。
小出恵介はそのルックスから甘いイメージがあると思うけど、
本作での一本芯の通った骨太な演技は本当に素晴らしくて、もっともっと活躍していい俳優さんやと思う。
宮崎あおいちゃんの素晴らしさは今さら言うまでもないけど、
この二人がお互いを「好き」と言うわけでもなく、しかし そこには確実にお互いを想う気持ちがあることを
さりげないトーンで描写し続けるのが素晴らしい。
だからこそ、岸がみすずの頭をポンとたたく、ほんのさりげないシーンで涙があふれてくるんです。
こんなふうに気持ちを揺さぶる映画、他にボクは知らない。
この時代の若者の葛藤と3億円強奪事件を絡めた中原みすずさんの原作が見事ですが、
塙(はなわ)幸成さんの演出も本当に素晴らしい。
あまり名前を聞かないのが不思議なくらい 演出力のある監督さんやと思います。
中原さんは著書がこの一作のみだそうで、女子高生が三億円事件の犯人という、一見とんでもないプロットがやたらリアルな感触があるのが凄いです。
あおいちゃんが この中原さん自身が真犯人と確信したという話(ウィキペディアより)も頷けます。
本作は切ない青春映画・ラブストーリーでありながら、
3億円強奪事件をプロットの中心にしているため、中盤から終盤はかなりサスペンスフルになるのも非常に面白いところ。
昭和の時代の再現ぶりもうまくできていて、その時代の匂いと作品のトーンが見事に調和していて
映画を観ることの醍醐味を心の底から味わえる傑作になっています。
3億円事件はもちろんすでに時効になっていますが、
本作の主人公たちがとてもリアルに描かれているから、今、現代のどこかにこの二人がいるんじゃないか?
そう思えることで、ラストの余韻がいつまでも続きます。
もう 50年くらい前の話なのに、今でもみすずの切ない想いは続いているかもしれない。
そう思うとエンドタイトルでも胸が締め付けられますが、それは悲しいばかりの後味じゃないところがいいです。
それはラストのみすずの表情があったから―。
あおいちゃんにとっては十代最後の作品やったそうで、
あおいちゃん自身の青春までリアルに焼き付けられた、
今思うと、奇跡的な映画かもしれません。