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ビジネス成功の秘訣

ビジネスの成功は、個人の能力(情報収集、事務処理、判断・意思決定等)も重要かもしれないが、それとは比べ物にならないくらい重要なのが、コミュニケーション能力。


コミュニケーションでは、

①他人が言わんとすることを正しく、的確に、素早く理解すること

②その真意を推し量ること

そして

③自分の意見、考え、思いを的確に伝えること

が重要。


ビジネスは一人ではできない。

チームワーク、アライアンス・コラボレーション、交渉などなど、他者とのかかわりの中で、自分の業務を進めていくのがビジネス。


他者との関係性を考えずにことを進めても、一時はうまくいったとしても、どこかでコンフリクトが生じてスタックする。


お互いに理解すれば、あとはことはスムーズに進むことが多い。


ある特定の問題を解決するとき、当然に議論や対立は起こる。

ただ、問題を解決し、相互に満足のいく着地点を探すプロセスでの議論は、前向きであり、建設的である。


そういう仕事を、優秀な人たちと進めているときは、この上ない幸せである。

人に伝えるということ

昨日、五反田駅前で右翼団体の人が演説をしていた。

はじめは、声と話している内容から、どこかの政党の人が演説をしていると思っていた。


話の内容は、今の日本の問題点、日本はどうあるべきか、人に対する思いやりなど、非常に、しっかりとした構成、話し方だった。


ふと、その人のほうに目を向けると、そこには街宣車。ちょっと威圧感を感じたものの、演説としては最近、耳にした演説、とくに民主党の議員などとは比較にならないくらいしっかりしていて驚いた。


一方、今日、自宅の近所で、共産党系の労働組合の集会&デモ行進が行われていた。


住宅街で、大声を張り上げ、一方的な主張を繰り返すその姿は、怒りを通り越して、呆れてしまった。

その内容や話し方が乱暴で、全く理性を感じられないものであった。


公衆の場で、何かを主張するのであれば、誰に対して、何を伝えたいのか、その時、どういう場所で、どのような形で行うべきなのかをしっかり考えるべきである。

つまり、相手のことを考えた上で、自分の行動を制御すべきである。


今日のデモは、何かを伝えたいというものではなく、単に自分のストレス発散のため、数時間にわたり、まったく関係のない人の生活を妨害するもので、言論の自由を通り越し、本来許されるべきものではないと思う。


この両者のコントラストと逆転現象が非常に印象に残った。

草食系男子、政治団体、新興宗教のような労働組合、

日本という国は、やはり何かが狂い始めているようだ。

ギリシャ問題 日本は本当に大丈夫なのか?

ギリシャの財政危機問題をきっかけに、為替、株式、資源に至るまで、マーケットが乱高下しているが、単にギリシャの問題あるいはEUの問題ということだけではなく、グローバル金融の拡大により、リスクが顕在化したときの影響が、乗数的に拡大する危険をはらんでいて、その見極めをだれもできないというサブプライム問題のときの構図がいまだに完治していないということなのではないか。


日本の財政赤字は、対GDP比でギリシャを大幅に上回っており、問題だという意見もあれば、国内で消化されている(国内の投資家等が保有している比率が高い)から問題ないという意見もある。


個人的には、日銀、ゆうちょ、民間金融機関が保有しているから問題ないという意見には賛同しかねる。

確かに、債権者が身内であれば、デフォルトリスクは低いというのは当たり前であるが、そもそも民間の貯蓄を取り崩さないと国の財政が回っていないという現実から目をそむけてはいけないと思う。


日本人、日本企業が、自らの貯蓄を国に差し出し、子供手当他、意味不明な使途に自由に使ってもらうというのであれば、それはそれでよいが、税金だけならまだしも、自身の貯蓄を国に差し出すなど考えられない。

まして、将来の世代にツケを回すなどは、本来はありえない選択肢なのだと思う。


政治家も官僚も、基本的には日本の将来のことは、それほど真剣に考えておらず、少なくとも自分たちが現役の間、なんとかかっこがつけられればそれで良いと考えているとしか思えない。


日本が破たんするというような極端な意見ではないが、今のままでは、日本は衰退するアジアの二流国になるのは確実と言わざるを得ない。


技術は世界一といっている人もいるが、技術は必然的に新しい技術によって時代遅れになっていくものだし、また、現状の日本の技術自体も、気づいたら中国等に流出している現状もある。


結局、国の繁栄は、それを支える国民の活性化にかかっていると思うが、今の日本は逆方向にすすでいる。

予算措置などで、一朝一夕に対策を講じても、全く効果はないだろう。

人の育成はそんなに簡単なものではなく、時間もかかるものだ。


とにかく経済成長は、国民一人一人の成長なくして実現することは難しいし、国民がその豊かさを実感できるものでなければ意味はない。


Kindle2 (2)

昨日、Kindle2が届いた。

注文してから2日で届いたが、留守と祭日のため4日目となったが、やはりAmazonの物流は驚くほどすごい。


まだ、使い始めたばかりで、使用時間としては5時間程度だが、その素晴らしさを体感するには十分だった。

個人的に感動した部分は以下の通り。


1.私の自宅は、ドコモの携帯電話も電波が不安定だが、Kindleは常時4本アンテナが立っている。同じFOMAのはずなのになぜ??

2.スイッチを入れると、すでにアカウントの設定も終わっており、Amazon.comのアカウント情報も設定済み

3.いくつか本と新聞を購入したが、あっという間にダウンロード完了。新聞は自動配信なので、朝起きたらすでにダウンロードされていた。

4.各コンテンツは辞書と連動し、カソールの位置にある単語は、英英辞典で意味が表示される

5.Text to speechで英文を読み上げてくれる

6.気になる文章、単語はワンクリックでクリッピングできる

7.USBケーブルをつなぐと、自動的にPCとの接続が完了(ドライバは自動インストール) Kindleがフォルダとして表示され(拡張ディスク)、データの編集が可能


他にも、新たな機能を発見するたびに感動があるが、やはり専用端末である優位性を極限まで磨き上げ、ユーザーの利便性を高めていることが感動に結び付いているように感じる。

専用端末であるため、機能的にもある程度ハードウェアでコントロールできているところが使い勝手の良さにつながっていると思われ、そのあたりは汎用端末(タブレットPC)であるiPadなどとの差別化になるだろう。


こういったツールは使う人の目的意識と用途でどちらが良いのかを選ぶことになると思うが、当面は英語の学習のためのツールとして購入した私としては、いまだ手にしたことのない最強の英語学習端末と実感した。


連休明けにKindleの解体新書も発売になるようなので、そうしたら日本語化にも挑戦しようと思うが、当面は

英語学習端末としてだけとっても十分に元がとれたと感じている。


このようなハードウェアとしての優位性もさることながら、周辺のサービスまでを含めたトータルなKindleワールドは、コンテンツの販売および配信システムを含めたサービス事業としても最強だと思う。


このあたりは、また改めて書こうと思うが、ビジネスモデルとしてAmazonは、Googleなどよりは実は別の次元にあるように感じる。

最強のネットショップであり、最強の物流機能を有し、そして最強のデジタルコンテンツ販売&配信をもつ最強の流通会社になったのではないか。


広告事業を中心とするGoogleと比べ、その事業の中身の強さ(お金を生み出す力)は、実は、格段に差があるように思う。

Kindle2

昨日、知人にKindle2を触らせてもらった。

うー。ほしい。

3時間ぐらいの間に、いろいろと試させてもらった。

どうしてもほしい。


私 「日本語対応はいつでるんですか?絶対ほしいんですけど。」

知人 「日本語バージョンは未定だと思うよ。日本では、3Gのオンラインに接続もできないし。」

私 「そうなんですか。。。それじゃーしょうがないですね。」


でも諦められない私は、今日、Kindleを調べ続けた。

そして、今日、amazon.comで購入した。


オンライン接続は、ドコモ経由でOKとのこと。

また、日本語化も、将来的にサポートされそうだし。


私の場合、Kindle購入の目的は、

1.英語の勉強

2.PDFの閲覧(特に英文の契約書など)


文字が、本当に読みやすいのです。

そして、軽くて、デザインも最高なのです。


知人は、i Padも持ってきていて、同時にいろいろと試しましたが、こちらは、今、この瞬間は

ほしいと思えませんでした。

米国産牛肉の輸入規制緩和

日米間で牛肉の輸入規制緩和の議論が活発化している。

デフレで和牛の需要が減退する中、日本の肉牛農家の保護が必要などと騒いでいる政治家あるい報道があるのには驚いた。


和牛を中国などの成長国に輸出することはできないのだろうか?

日本ブランドを最大限に利用して、より有利な価格で買ってもらえる市場にどんどん輸出することをなんでもっと真剣に考えないのだろうか?

肉牛農家も輸出で潤い、より良い肉牛を育て、世界的なブランドに成長させればよいではないか。

日本の消費者が少しでも安い牛肉を望んでいるのであれば、米国産牛肉をどんどん食べてもらえばいいのではないか?


まずは、日本がデフレを脱却するには、デフレになれてしまった消費者を刺激してもだめで、供給者サイドを支援し、外貨を獲得し、GDPを引き上げるしかないように考える。


日本の肉牛農家、それ以外の農業従事者には、世界に目を向けて頑張ってほしい。

iPhoneを買わなかった理由

今年に入って、周りにはiPhoneを持っていない、少数派の一人になってしまった。

これまで、HP200LXに始まり、IBM WorkPadc3,Sony CLIE,SHARP WZERO3,Nokiaなどなど

PDAを買い続けてきたが、今回のiPhoneは全く購入を迷わなかった。


Appleが嫌いなわけではなく、うちにもApple製品はiPodが3台あったりMac Airがあったりするが、どうしても買う気がしなかった。


PDAあるいは携帯端末は実用性がないと絶対に持ち続けなくなるから。それを無意識に感じ取ったのだと思う。

今、絶対に肌身離さないものは携帯電話。

携帯電話については、平均すると2年弱で買い替えているが、本当に実用性が高いと思う。


携帯でメールはあまりやらないが、おさいふ携帯、時計、万歩計、i-modeがなくなるとどんなに生活が不便になるか。

PDAや携帯端末にはPCの機能は求めない。だって必要ないから。

移動時間が長ければPCを開けばいいし、そうでないなら携帯の機能で概ね用が足りる。


iPhoneである必要がないというのが後から考えた理由。

iPhoneアプリがなくて困ることは、少なくとも私にはないから。


でも、SonyEricsonのExperiaは買ってしまうかもしれない。


グローバル投資と日経平均

日経平均が少しずつ回復基調に入ったかのように見えるが、これから日本の株式市場は回復するのだろうか?

というより、日本の株式市場は実態から見て、本来の水準から落ち込み、割安水準にあるのだろうか?


海外で事業活動を行う大企業は今後、資金が集まる海外市場に出ていくことになるだろうし、日本国内のビジネスが中心のドメスティック企業は、少子高齢化、産業空洞化が進む中、将来性は乏しく、株式を上場していること自体が難しくなるだろう。


そうなると、資金調達の必要のある大企業は、ニューヨーク、英国、シンガポールや香港・上海などでの上場に切り替わっていくだろう。

日本人投資家は、グローバル投信等を通じて、そうしたグローバル企業の株式、債券をポートフォリオに組み込んでいくことになるのだろう。

つまり、東京市場というのは、世界の中で一ローカル市場になっていくことは避けられない流れなのではないだろうか?

ローカル市場としてベンチャー企業のための新興市場は存続する意義はあると思うが、東京市場にトヨタやソニーやパナソニックが上場している必要性も有効性もないだろう。


1989年バブルの絶頂時に4万円近くを付けた日経平均も1万円前後を行ったり来たり。2007年の1万8千円ぐらいまでは戻るのではというはかない期待を持っている人も多いと思うが、これだけ長い間、低金利で資金がじゃぶじゃぶな状態でもこの水準で低迷しており、この先、強烈な円安&インフレにでもならない限り難しいのだろう。

より長期的な視点に立つと、IFRSが定着し、企業の財務報告が国際標準になっていったときに、日本市場から投資家がいなくなるというのは必然であり、買い手がいない市場で株価が上がることを期待するのは無理筋なのだろう。


また、IT技術の発展とや情報ネットワークの拡充がここまで進むと、当然に世界の投資家が参加するグローバル市場が一つあれば十分なのではないか。

個人投資家は外国企業の個別株式につき評価できるわけがなく、投信等を通じたグローバル投資になっていくと思う。


日経平均株価 1万円というのはもしかすると日本の実態を正しくあらわしている数字なのかも知れない。

日本を甦らせるキーワード: メンター(メンターシップ)

メンター(メンターシップ)という言葉は、今後、日本が人材立国として世界で戦っていく中で非常に重要な言葉であり、考え方であり、制度だと思う。


経済活動でも政治活動でも、因数分解していくと最後は人の活動に分解され、人材をどう育てていくかが最も重要なテーマであることは間違いない。

これまでの日本の教育制度はいい面と悪い面と両方あったのだと思うが、決定的に欠けていたのは、メンターでありメンターシップという考え方、制度だと思う。


ソクラテス-->プラトーン-->アリストテレス というメンター/メンティーの連鎖は有名だが、このようなつながりがきっと日本のビジネスや政治の世界でも無意識にのうちにあったのだと思う。

最近は、教育の場でも、ビジネスの世界でもこのメンター/メンティーの関係が希薄になっているのだと思う。


一番重要な点は、精神的、人間的な成長に関し、対話による気づきと助言によりメンティー本人の自発的・自律的な発達を促すという点にあるのだろう。


米国のベンチャー企業と接する機会が最近多いが、ベンチャーの起業家とそれを支えるエンジェル、投資家、その他サポーターの間に、このメンター/メンティーの関係がしっかり構築されていることを痛感させられる。


このしくみが、中長期的に自然に運用されることで、重層的なメンター/メンティーの関係が構築されていることが米国の強さであろう。


自分で考える力、自分で判断する力を自然に身につけていけるしくみが、次の時代の優秀な人材を生み出し、その人たちがまた次の世代の人材を育てるというネットワーク構造が、イノベーションや新産業の重要なプラットフォームになっているのだと思う。


一見、現在の官僚組織の中の利権構造は数珠つなぎのネットワーク構想が似ているように感じるが、その中身は、出世ないし利己的な目的のための人間関係という側面が強いだろうし、相互のリスペクトが前提となるメンター/メンティーの連鎖とは全く異なるものだろう。


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以下、NPO法人日本メンター協会のHPより抜粋


  • メンター(Mentor)とは、ギリシャの詩人ホメロスの書いた叙事詩『オデュッセイア』に登場する老賢人「メントル(Mentor)」からきた言葉です。『オデュッセイア』の中でメントルは、王の息子の教育係であり、息子の良き指導者・支援者・理解者として描かれています。
  • その由来から、メンターとは、賢明な人、信頼のおける助言者、師匠などを意味し、一般には「成熟した年長者」をさす言葉として使われています。
  • また、メンターの対の言葉として、被助言者、被支援者という意味のメンティー(mentee)という言葉が用いられています。

  • メンタリング(Mentoring)とは、メンターが若年者や未熟練者(メンティーまたはプロテジェと呼ばれる)と、基本的には1対1で、継続的、定期的に交流し、信頼関係をつくりながら、メンティーの仕事や諸活動の支援と、精神的、人間的な成長を支援することをいいます。
  • メンターがメンティーに対して、キャリア的機能(仕事上の成功)と心理・社会的機能(人間性の向上)の2面から、一定期間継続して行う支援行動の全体を意味しています。
  • 事業仕分け

    事業仕分けの2ndラウンドがはじまる。

    枝野・蓮舫両議員およびその他の仕分け人には是非頑張ってもらいたい。


    そもそも、何十年もかけて作り上げられた、官僚その他の利権構造は1年、2年では解体できないだろうが、固い皮に少しずつでもメスを入れながら、解体していかないと、日本という国自身が維持できなくなることは目に見えている。

    マニュフェストで9.1兆円の無駄遣いを削減すると言っていたのに到底実現できないという報道を良く見かけるが、確かにマニュフェストは大切だが、それよりも重要なのは、国民そして国民に支持された政治家が、多少の時間がかかったとしても変えていくんだという不退転の意思を持つことだろう。


    全体最適の中で、不合理なしくみは解体し、新しい価値観のもとで作り直していくことが今必要であり、例えそれが、1年間で数千億円しか財政支出を削減できなくてもいいと思う。

    この数千億円の削減が、5年後、10年後には、強固な利権構造の解体につながっていれば、自分たちの子供の世代に対して、申し訳が立つように思う。


    公益法人やその下部組織は重層的に連なっていて、すべてにメスを入れることは難しいだろうが、扇の要に切り込んでもらえればまずは良いのではないか。


    枝野さんや蓮舫さんには、このような中長期的な全体的な利権構造の解体プロセス=日本を変えるプロセスについて、是非わかりやすく説明し、国民一人ひとりに正確に伝えていってもらいたい。