隣のおっさん
明日は内示。
隣のおっさん、内示の前なのに、書類の整理始めやがった。
仕事無いのはわかるんだけどさあ。
まだみんな仕事してんだよ。
もうちょっと気を使えつうの。
しかも、昨日、ゴミ沢山だしやがって。。。
奥さんとか子供の顔が見てみたいもんだな。
グルメイノベーションの井上琢磨社長
3月13日の日経ビジネスオンラインからの転載
5年後にどうなっているのでしょうか?
事業計画見てみたいよなあ。
IT使って、投資は最小限にしてって感じでしょうか?
往々にして培ってきたキャリアを捨てるのは難しい。役員レベルまで上り詰めるとなおさらだ。比較的、人材流通の活発なIT業界でも、「立場」を捨てるのには勇気がいる。
今回、取り上げる井上琢磨氏はインターネット広告代理店サイバーエージェントに創業期から属し、その後はトラフィックゲート役員を務めた。そして、今は有名なラーメンをEC(電子商取引)で販売する「宅麺」を手掛けるグルメイノベーションの創業者兼社長だ。意外な転身の背景にあったものは何だったのだろうか。
宅麺はどういうサービス?

井上:店舗で提供しているラーメンをそのままの品質でお取り寄せできるサービスです。インターネットで販売します。よく勘違いされるのですが、似たような味を再現して工場で生産するわけではありません。店舗で作っているスープや具材、ゆでる前の麺をそのまま冷凍パッケージするため、お店の味そのままを自宅にいながら楽しめます。我々が足を使って口説き落としていった有名ラーメン店に専用キットをお渡しし、袋詰めしていただいています。原材料以外の費用が発生せず、その上キッチンや従業員の空いた時間を有効活用できます。また、実店舗の物理的な商圏の限界を超えて販売できるため、売り上げに大きく貢献できます。利用者にとっては店舗に並ばずに食べられるのがメリット。日本全国のラーメンが自宅で食べられるというメリットのほか、小さなお子さんのいる家庭ではなかなか店舗に足を運べませんから、宅麺によってこうした新しいニーズが生まれているのが現状です。
もともとはずいぶん昔に考えていたアイデアでした。小さくやってみようかなと周りに声をかけたこともあったんですが、本格的にこの事業に注力しようと決断して立ち上げたのは2010年4月になります。ちょうど2年ほど経ちましたが、お祭りのように時間が過ぎていきました。もともと身を置いていたIT業界を中心に知っていただいている人は増えてはいますが、一般的な認知度はまだまだです。
―― もともとはインターネット広告代理店のサイバーエージェント出身ですよね。
井上:社長の藤田晋さんをはじめ僕を入れても4~5人くらいの時でしたね。インターンで働いてみて、とにかくサイバーエージェントの創業期の熱気に魅力を感じて入社を決めました。営業には全く向いていないと思っていたんですが、気がつくと会社の売り上げの3割ぐらいを担っていましたね。
その後、サイバーエージェントの100%子会社でアフィリエイト広告を取り扱うトラフィックゲートの立ち上げに加わりました。その後、楽天アフィリエイトの立ち上げに伴い、トラフィックゲートが楽天とサイバーエージェントの合弁会社になったんです。立ち上げから約9年間で売上が60億円ほどの規模になり、上場を目指していました。上場直前までいったんですが、楽天の方針転換により上場は取りやめに。結局、トラフィックゲートは楽天の100%子会社になりました。
その後、楽天と三井物産の合弁会社のリンクシェアと合併をすることが決まり、僕自身も別のステージに進むことにしました。さぁ次に何をしようか。転職するイメージはありませんでしたので、自然に起業かなと思い始めていました。ただ、広告畑で育ってきていましたから、はじめは広告周辺のビジネスで起業するイメージを持っていました。今でも覚えていますが、2009年12月から3カ月間、色んな人にたくさんお会してはアイデアをぶつけるということを繰り返していました。その中に現在、グルメイノベーションの設立パートナーである野間口兼一氏がいたんです。彼は飲食経営をずっとやっていて、飲食店事業の難しさを知っていました。成功した店舗が2店目、3店目と拡大していってもリスクはあまり変わらない。コストメリットもそんなに出ない。なかなか儲けるのが難しいんだよという話を聞きました。彼は空港内で飲食店事業を展開していたこともあり、特に自分の意志で売り上げを拡大させるのが難しかったみたいです。発着ロビーが変わったり、空港内の導線が変わったりするだけで売り上げに大きな影響が出てしまう。そこで宅麺のアイデアを話してみたところ、「それはいける!」と。飲食店が場所で固定されている辛さを誰よりも知っていた彼だからこそ、レバレッジが効いているモデルに見えたんでしょう。その時の熱気は凄かった(笑)。その時に、彼とこの事業で立ち上げようと決めました。
実際に動き出したのは2010年の3月末。会社を辞め、4月に法人登記しました。会社を辞めてベンチャー企業を立ち上げるって一言で言っても色々と考えなければならないことがあります。収入がなくなることが分かっていましたので、前職の信用がある間に家でも買っておこうと思いました。もともと楽観的なところもあって、収入が無くなるのも一時的かなと思っていました。1年後は儲かってるだろう!とね。現状はまだまだですが(笑)。
―― 信用も無くなり、収入も無くなる。焦りはないのでしょうか。
井上:無いと言えば嘘になります。ただ、うまくいくイメージしか無いんです。宅麺を利用していただいたお客さんの声を聞くと「美味しい」だけではなく、「ありがとう!」という声を時々いただきます。そういうときはやっていて良かったと思える時です。事業モデルそのものに不安を抱くことも当然あります。潜在的なマーケットは相当な規模があると感じてはいますが、新しいサービスなので市場として認知されるのが難しいですし、もっとスピードを上げるアプローチがあるのではと...。
また、いま頭を占めているのは組織の作り方です。日本のベンチャー企業はトップがいつまでも同じだったり、組織が大きくなればなるほど面白みに欠ける会社になるケースも多かったりします。規模を求めすぎて破綻する会社も多く見てきていますし、全体としては挑戦的なことに挑んでいても個々の社員を見るとあまりチャレンジングじゃなかったりしますよね。徐々に保守的になってしまうのはつまらないことです。どういう組織が最適なのかを考えていますが、少なくとも自分がやりたいことをやれる組織を作りたい。僕も社員もそれぞれの立場で失敗を恐れずにチャレンジ出来る会社を作りたい。今回が3度目の起業経験となります。今もこの先も楽しむという前向きなイメージしか頭の中には無いんです。
僕自身が思い描くレールは歩んでいると思う
―― もともとベンチャー気質があった?
井上:なかったですね。僕は普通のサラリーマン家庭で生まれましたし、何か特別な環境で育った訳ではありません。強いて言えば、高校の頃は哲学系の書籍の読書にはまっていましたね。もともと国語が苦手でほとんど本を読まなかったのですが、中学受験の時に国語の試験に星新一のショートショートから出題されて、受験中なのに面白くて見入ってしまって。そこから読書にはまっていきました。面白いと感じるとひたすらはまるんです。とはいえ、別にベンチャー精神があったわけでも無く、服が大好きだったこともあり何となくデザイナーになりたいなと思っていたのが高校三年生の冬です。
親には馬鹿なこと言うんじゃないと怒られました。二浪して大学には行きましたが、結局は行かなくなっちゃったんですね。いつしかバイトしていたカラオケボックスのゼネラルマネージャーになっていました。赤字の店舗を2店舗任されて、大学生らしからぬ不思議な経験をしていました(笑)。
ただ、協調性がなくて人と話をするのがそもそも苦手。就職の時期になって何となく流されながら就職活動をしましたが、なるべく人と関わらずに自己完結できる仕事はないかと、そればかり考えていました。理系崩れの文系ということもあって、プログラマーもいいなと思っていましたが、創業期の熱気を肌で感じてサイバーエージェントに入ることになった訳です。絶対に向いていないと思っていた営業が、話すことではなく話を聞いて課題をみつけ解決をすることだと気が付き、楽しくて仕方なくなっていきました。結果的に営業部長になるなんて、就職活動をしていた頃の僕からすれば想像もつきません。
―― 様々な選択肢を経て今に至る訳ですが、何を重視してきたのでしょう。
井上:僕はいわゆる「普通の社会人」になったことはありません。サイバーエージェントもトラフィックゲートも創業期の入社ですから「社会人たるやかくあるべき」という感覚自体が欠けているかもしれません。ただ、1つ言えるのは創業期の「熱量」を楽しんできたことです。立ち上げ期特有の熱気に触れてここまで来ましたから、起業という道を選ぶ自分に違和感はありません。はたから見れば人生のレールを外したように見えるかもしれません。それでも、僕自身の価値観で思い描く人生のレールを歩んで生きているなという実感があります。