今日からお仕事の方もたくさんなのではないですか?
私は
教室が明日からなのでお客様は来られるけど
まだ、なんだかダラダラした気分・・・・・
5月病にならないか、ちょっとドキドキ

今年のGWは母と旦那と私とで
母が長距離を歩けるうちにと
母の思い出の地を歩いてみようと
2泊3日でお出かけしてきました。
山ほどの写真を撮ってきたので
画像だらけだし、
私の文章力がないので
まとまりのない文章になる(いつもだけど~)ので
分けて書きますが
それでも、だらだらに長いと思われますので
お時間のある方

お付き合いくださると嬉しいです。





5月3日、朝8時に母の家を出発

北陸道はいつもよりちょっぴり混んでるかな?程度の順調な滑り出し。
お天気もとてもよくって

途中、旦那が大好きなSAをいくつ寄るつもりなんだろうって
内心思いながら、進んでいきます


すいてる北陸道を通過して
上信越道に入って小布施SA・・・・
しばし休憩
見事な桜並木に見とれてしまいました。
この間、空ちゃんちに行った時は長野市内満開だったんだけど
同じ長野でも、全然違うのね~~~
結局5箇所のSAに寄り道して
第一目的地に着いたのが1時すぎ

ここは東京都台東区の石浜小学校です。
場所は浅草寺の裏になります。
母は浅草の生まれなんです
戦争前は浅草で炭屋を営む家に生まれ
浅草寺裏に長屋をいくつも持っていて
裕福な生活だったといいます。
幼稚園は浅草寺幼稚園(昔は神社とお寺が一緒になってたそうです)
遊び場は花やしき・・・・
そんな母・・・・
写真撮りまくり~~
実は今現在、母の住む町の小学校が
なんとなんと!!
総合交流をしているのだそうです。
富山の田舎の小学校と東京の小学校の交流なんて・・・・
少し前の町報に出ていて、それはそれはびっくりした母
そこから懐かしさがふつふつと~~~~

横に公園があるはず・・・と言うので
行ってみたら・・・・

スカイツリーが真正面にでっかくそびえていました。
観光で何度も何度も浅草をおとづれていても
さすがに出身地には足を伸ばしたことがなかったそうで
それはそれは、懐かしそうでした。
戦争が始まり、
飛行機のエンジニアをしていた父親と母親を立て続けに病気でなくした母
最初は学童疎開をしていたけど
最後は祖母と弟とで
親戚の多く住む富山に疎開してきたのだそうです。
戦争が終わって、次の年に東京に祖母と戻っては見たけど
あまりの惨状になすすべもなく
炭屋も長屋も自宅もすべて人に取られてしまったそうです。
住んだ者勝ち、取った者勝ちの時代だったそうです。
このあと、千葉にいるちびと待ち合わせ
ちびと落ち合い、行った先が

浅草寺裏のアミューズミュージアム

普通は展示品に触れるなとか
写真を撮るなとか、
書いてあるのに・・・・・

昔の生地とか織物とか
刺し子やこぎん刺しをして
何度も何度も縫い直した着物や下着がいっぱい展示してありました。

こぎん刺しの着物をこんなにたくさん見れるなんて~~~



屋上で藍染をやってるというので
行ってみたけど、ちょうど終わったところで残念

でも、上から見る浅草寺や浅草神社、人ごみは面白かったよ。
スカイツリーも見えたしね
お土産を見たかったけど
旦那とちびは退屈そうなので程ほどに・・・・
まずはミュージアムの横から入ります。
戦争前は浅草神社も浅草寺も同じ敷地の中という感じだったそうです。
三社祭が来週からですね。
母にとってはとても懐かしいお祭りだそうですよ。
お神輿、引いてたよって言ってました。
今はとっても有名なお祭りですよね~~
もちろん、御朱印も頂いてきました。

ちょうど結婚式もやっていました
お幸せに~~~
御朱印帳ももちろん!!
母はいつも浅草寺のことを観音さんって言うんですけど
なんでだろう~?って思ってたんです


浅草寺は浅草観音って言うんですって

激混みの仲見世を通りながら
お土産は母がやっぱりこだわってる
人形焼は木村屋
雷おこしは常盤堂で購入

このあとはやっぱり、松屋デパート
ちびのリクエストで中華料理たべて
しばしデパート散策してちびとはお別れ~
母はちびと久しぶりにおしゃべりして楽しかったみたい

ちびは小遣いもらってご機嫌


歩いても5分ほどのホテルに帰って
窓の外からの眺めは・・・・

この日のライトアップは 「雅」
11時までのライトアップを楽しんでおやすみ~~~~
ということでこの日はおしまい
明日のお話は「其の弐」に続きます。












