藤原定家の小倉百人一首の三十九番には、嵯峨天皇のひ孫にあたる参議 等(源 等)の作として「浅茅生の小野の篠原忍ぶれどあまりてなどか人の恋しき」という人を恋うる歌が有ります。
これは、古今集のよみ人知らずの歌「浅茅生の小野の篠原忍ぶとも 人知るらめやいふ人なしに」を本歌として読まれた歌で、「浅茅生」は小野の枕詞です。
人を恋うる歌といへば、京都大学の前身、「自由」を標榜した旧制高等学校「三高」の寮歌が有名ですね。詩は与謝野鉄幹ですが、五番目の歌詞に「人やわらわん業平が 小野の山ざと雪をわけ 夢かと泣きて歯がみせし むかしを慕うむら心」とあり、浅茅生の歌の影響を受けているのかもしれません。
滋賀県は大津市にある平井商店さんの醸す「浅茅生」は、江戸時代前期の後水尾天皇の皇子である聖護院宮道寛親王から賜った和歌「浅茅生の志げき野中の真清水はいく千世ふともくみはつきせじ」にちなんだ銘柄ですが、道寛親王も藤原定家の撰した源 等の歌を本歌取りしたのかも・・・なんて勝手に想像してしまいます。
聖護院は、応仁の乱以後、荒廃していましたが、1666年(寛文6年)道寛法親王によって修験道を実践する本山修験宗の総本山として再興されました、滋賀県大津市園城寺町には、大津歴史博物館から入った三井寺の最奥部の山の中に道寛親王墓があります。
ピンバッジは、浅茅生が造る初めての生酛仕込みの日本酒「カエル」無濾過生原酒のラベルを参考にしましたが、京都高山寺の国宝「鳥獣戯画」で最もよく知られる場面のひとつである甲巻の第十六紙後半 - 第十八紙に描かれている兎と蛙の相撲、兎を投げ飛ばして気を吐く蛙に浅茅生の菰樽を持たせたデザインです。
ラベルの右下に描かれた酛摺りの姿の二匹のカエルは杜氏弘子さんと将太郎さんのご夫婦でしょうか。銘柄だけでなくラベルの図案も本歌取りしたんじゃないかと思います。
平井商店さんの杜氏の弘子さんは、生酛仕込みの日本酒「カエル」無濾過生原酒は、正真正銘自分たちが経験していなかったこと(新しいこと、若しくは旧いこと)を用いて造り出した自分たちのお酒で、浅茅生らしいほんのりと柑橘感、青々しいウリのような、穀物由来の優しい甘い香りふんわりと、冷酒で飲めばキリッと切れのある、さりとて旨みも忘れず付いてくる。燗につけると酸味が立ってこれまたドライ気味に攻めてくる。常温であればキレと優しい甘みのバランスを感じられると語っています。
如何です、個性的なピンバッジと個性的なお酒、琵琶湖のほとりの大津で一杯やりませんか。
出典、参考文献・HP
聖護院門跡HP
天台寺門宗総本山 三井寺(園城寺)HP
平井商店HP
京都姉小路の老舗 西本酒店HP
小倉百人一首
高山寺 国宝「鳥獣戯画」
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