かつて、大阪の淡路には心安らぐ「吟醸Bar石橋」がありました。このピンバッジに関するエピソードには、かつての「日本酒ピンバッジ倶楽部」の会員さんで、大阪の阪急淡路にあった吟醸Bar石橋のお母さんこと石橋幸代さんゆかりのお話があります。

 

 以下に、そのエピソードを記したブログを一部抜粋し、再掲します。

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 「私、淡路でお店をしているんです。」数年前の日曜日、阪急宝塚線の蛍池にある立ち飲み屋さんで、横で呑んでいた品の良いご婦人に声をかけられました。いただいた名刺には「吟醸Bar石橋」とあり、しばらくしてお店を訪れたのが石橋のお母さんとのご縁の始まりでした。

 

 阪急京都線淡路駅近くの、お一人で切り盛りしているカウンター10席ほどのお店ですが、お母さんの人柄と選りすぐりの日本酒、日本酒初心者の私には、お母さんのお話を伺うたびに多くの蔵元さんとのご縁の深さと広がりに驚き、その日本酒の造詣の深さにあこがれていました。

 

 コロナが始まり、私が日本酒の蔵を応援するために日本酒ピンバッジ倶楽部の立ち上げの話をしたところ、即座に賛同してくださり、その後はその活動を熱心に応援してくださいました。お店の壁に日本酒ピンバッジの額が飾ってありますが、そのなかのピンバッジ一つ一つの数だけ応援してくださったのだと、あらためて感謝する次第です。お母さん、ありがとうございました。

 そんな、素敵で大切なお母さんから昨年「私、癌になってしまったの・・・。」と言われ、永く入院するのは嫌、できるだけお店に立ちたい、そんな希望を答えていただける医者さんを見つけた事をお聞きしました。ある日お店に伺った時には、そのお医者さんと看護師の方々が呑みに来られていて、癌の医療の在り方などのお話もお聞かせいただきました。とはいえ、お店に伺った時には、少しおつらそうに見えた日もあり、そんな時は早々にひきあげたこともありました。

 

 年が明けて、大丈夫かなと心配の気持ちが心の隅にあったときに、3月末に旅立たれたとの知らせを受けました。今年、2024年は、桜が遅く花咲く前に逝かれたことを残念におもいつつ桜吹雪に献杯しました。

 心残りは、以前にお店で秋田県男鹿市の「稲とアガベ」をお店で飲んだ時に、私がそのボトルのマークが素敵だと言うと、実は、稲とアガベ醸造所の蔵元である岡住氏は学生の頃によくお母さんのお店に来られており、お母さんは今でも岡住氏を気にかけていて、とても応援しており、「いつか、稲とアガベのピンバッジを作って応援したいわね。」と語っておられました。いつの日か、岡住氏とお会いできる機会があれば、その話をしてみたいと思います。

 

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 稲とアガベさんは、秋田県男鹿市で2021年の秋に創業したクラフトサケ醸造所です。(「クラフトサケ」とは、日本酒の製造技術をベースとして、そこに副原料を入れることで新しい味わいを目指した新ジャンルのお酒です。)お酒を地域メディアだと考え、お酒を通じて男鹿という地域に人を呼び込み、男鹿の街を未来に残すことを目指して活動しています。そのために、創業後三年間で、レストラン、食品加工所、ラーメン店、ホテル、蒸留所、スナックなどを展開してきています。

 

 昨年、2025年の9月、私は東京・大手町で開催の「若手の夜明け2025 TOKYO」に参加していました。

 このイベントは、有志の若手醸造家たちの「自分たちの世代が日本酒業界を盛り上げていこう」という想いのもと、2007年よりはじまりました。

 稲とアガベさんが出展しているのは知っていましたが、まさかブースに代表の岡住修兵氏が立っているとは思いもよらず、お酒をいただきながらご挨拶させていただきました。

 そして立ち話でしたが、亡くなった石橋のお母さんの事やピンバッジの事を少しお話させて頂けたのです。

 すると、10月の中頃にピンバッジを作りたい旨のメールが来て、出来上がったのが「稲とアガベ」ロゴのピンバッジです。アンティーク調に仕上げた金古美メッキがロゴマークを落ち着いた雰囲気にしています。

 とても重厚感のある良いピンバッジになり、岡住氏にもお喜びいただけたようです。

 

 ようやく石橋のお母さんとの約束を果たすことができました。このピンバッジを手にした方が、石橋のお母さんをご存じの方でしたら、少しだけで結構なのでは思い出してくだされば嬉しいなと思います。また、ご存じでない方は、どんな方だったのだろうと想っていただければ幸いです。

 

 大阪の淡路には心安らぐ「吟醸Bar石橋」がありました。

 お母さん、有難う。ホッとしましたが、やっぱり、とても悲しいです。

 

出典、参考文献・HP

稲とアガベ㈱HP

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