2014年(平成26年)7月、長崎県の佐世保で起きた『女子高生殺害事件』を覚えていますか?

 

当時、高校1年生の女子生徒(15歳)が、同級生の女子生徒の徳勝もなみに首を絞められるなどして殺害され、その後、首や左手首が切断された状態で発見された事件です。

 

 

残忍な殺害方法や威容な事件の背景などから世間に衝撃と波紋を広げた点で、2023年7月の『すすきの頭部切断殺人事件』と類似していて引き合いに出される事件です。

 

その後、殺人容疑で逮捕されたもなみの父親は、自宅で首をつって自殺を図ったのが見つかった。

 

父親は事件後、弁護士を通じて書面で「どんな理由、原因でも娘の行為は許されるものではない。おわびの言葉さえ見つからない」と述べていた。また「私は生きていていいんでしょうか」とも言っていたようだ。

 

 

すすきの殺人事件や元高級官僚がひきこもりの息子を殺害した事件では、問題ある子どもを家庭内で囲い、第三者の支援を求めなかったことにも問題があったとさんざん叩かれた。

 

『女子高生殺害事件』は、どうだったのか?

医療機関や児童相談所の対応にもたくさん疑問を感じるが、皆さんはどう思われますか?

 

Wikipediaの記事を引用して考えてみたい。

 

2014年(平成26年)7月26日の夜、長崎県佐世保市島瀬町のマンションで同級生である徳勝もなみの家に遊びに出かけた女子高校生A(当時15歳)が殺害された。

 

帰りを心配した両親が捜索願を出し、警察官がもなみ宅を訪れたところ、Aがベッドで頭と左手首が切断された状態で仰向けになり倒れて死亡しているのを発見した。

 

当初マンション入口付近にいたもなみが、殺人を認めたため緊急逮捕された。

 

もなみは4月から市内の親元を離れて一人暮らしをしていた。

 

Aは以前からもなみに「会いたい」と誘われており、26日午後3時頃、家族に友人と遊ぶと伝もなみが住むマンションへ遊びに出かけた。

 

2人は佐世保市内の繁華街で買い物を楽しんだ後、もなみのマンションに戻った。

 

午後6時40分頃、AのメールアドレスからAの母親宛に「7時ごろに帰る」とメールが届いたがその後帰ってこなかった。

 

そのため両親は数日前に遊びに行くと聞いていたもなみに電話をした。

 

これに対しもなみは「午後6時半くらいに別れた」と答えている。

 

午後8時ごろ、もなみはAの後頭部を工具で複数回殴り、リードで首を絞めるなどして殺害した(もなみが供述)。

 

遺体は、仰向けの状態で頭と左手首が切断されており、胴体部分に刃物で切ったとみられる複数の傷と腹部が大きく切り開かれていた。

 

室内からはスレート切断用のこぎり(刃渡り約15cm)、石頭ハンマー、テストハンマーが見つかっており、もなみは「自分で買った」と供述した。

 

そして冷蔵庫からは猫の頭蓋骨が見つかった。

 

もなみは事件直後に衣服を着替えて身体を洗っており、また、Aのスマートフォンがマンションの敷地内で投げ捨てたと見られる状態で発見されるなど、証拠隠滅と疑われる行為が見られた。

 

取り調べに対し「殴ってから首を絞めた。すべて私が1人でやりました。誰でも良かった。」と犯行を認めるものの、受け答えは淡々とした様子で応じていた。

 

もなみは「体の中を見たかった」「人を殺して解体してみたかった」などと供述しているが、2人の間の具体的なトラブルなどは確認できなかったとしている。

 

 

10月5日、もなみの父親が自宅で首を吊った状態で死亡しているのが発見された。

 

また事件を起こす前の3月2日に、佐世保市の自宅で就寝中の父親の頭などを金属バットで複数回殴るなどして殺害しようとしていたという。

 

2015年(平成27年)7月、長崎家庭裁判所はもなみに対し、医療少年院(第3種少年院)送致とする保護処分の決定を出した。

 

 

裁判長は「ASD(自閉症スペクトラム障害)が見られるものの、それが非行に直結したわけではなく、環境的要因の影響もあった」との趣旨のことを述べた。

 

●加害者もなみの人柄・家庭環境

 

もなみは幼い頃から学業は優秀で、スポーツも積極的だった。中学校では放送部に所属しており、NHKのアナウンサーになるのが夢だった。

 

また「検事になって法廷で弁護士である父や、弁護士志願者である兄と戦いたい」という夢を語ったこともある。

 

冬季スポーツ種目で国民体育大会に出場しており、地元でも知られていた。

その一方、「あまり笑う子ではなかった」「頭が良すぎて特殊な子」といった評価も見られる。

 

両親は長崎市出身で、父親は県内最大手の法律事務所を経営しており、佐世保では有名な弁護士だった。

また弁護士としてだけではなくスピードスケートの選手としても名を知られていた。

 

母親は大学を卒業後、地元放送局に勤めた。

 

市の教育委員を務め、教育活動に熱心だった。

 

兄は東京の私立大学で学んでいた。

 

●事件前

 

もなみは、小学6年生時の2010年頃に、同級生の給食に薄めた洗剤や漂白剤、ベンジンを混入するいたずらをくり返すなど、問題を起こしていた。

 

中学生の頃から医学書を読んだり動物の解剖に熱中しており、その頃から猫を解体したりしていた。

 

2013年10月に実母がガンで亡くなると、もなみは不登校が続いていた。

 

2014年3月、もなみは寝ていた父親を金属バットで殴打し、以後精神科に通院するようになった。

 

医師から「同じ家で寝ていると命の危険がある」と助言された父親は、4月から、後に事件現場となるマンションでもなみを一人暮らしさせていた。

 

高校でも不登校が続き、1学期の出席はわずか3日のみだった。

 

5月、父親が再婚したが、幼馴染にもなみは「(父と継母とは)一緒に住みたくない」と言っていたという。

 

7月23日、もなみは継母との会話の中で、猫を殺して楽しいことや「人を殺したい」などとする願望を打ち明けた。

 

●病院の対応

 

そのため診療でもなみの殺人願望を医師に伝えていたが「今日は時間がない」としてその日の診療を終わっている。

 

後に書面上で父親が医師に切迫感がないと指摘している。(ただし、弁護士は「あくまで父親本人が書いていることだ」として病院側には確認していないとしている。)

 

7月25日、もなみの両親が病院と入院の協議をしたが、病院からは「入院は施設の事情で即日の入院ができない」「個室はあるがその一つを独占することになる」と言われ実現しなかった。

 

事件の20日前には警察への相談を打診したが事件前日の話し合いで見送り、児童相談所に連絡を取ることで意見がまとまった。

 

その日に児童相談窓口のある『佐世保こども・女性・障害者支援センター』に電話相談したものの、勤務時間外であり担当者が不在だったため相談ができず、職員から「今日はサマータイムで終わった。

月曜日(28日)にしてくれ」と断られていた。

 

●児童相談所の対応

 

もなみの診察を以前から担当していた精神科医は、2014年6月10日に佐世保こども・女性・障害者支援センターへ電話で連絡を行った。

 

電話の内容は、精神状態の不安定さを懸念して「もなみは人を殺しかねない」といった内容だったが、文書決裁にとどめていた。

 

背景には、同センターの幹部職員によるパワーハラスメント発言(職権による人権侵害)があり、電話で報告を受けた職員が適切な処置について上司に相談することができなかったことなどが挙げられる。

 

なお、2015年(平成27年)2月に同センターの所長と幹部職員は戒告の懲戒処分、別の職員が文書訓告処分となった。

 

●有識者・専門家の見解

 

◆母親の死が犯行のきっかけという見解

 

◎「実母の死をきっかけとして母親のいるAに憎悪を抱いたのだ」小宮信夫(立正大学教授)

 

◎「勉強の面で親の期待に応えたいという思いが強く、それが母親の死で抑えこんでいたものが爆発したのだ」佐々木光郎(元家裁調査官。静岡英和学院大学非常勤講師)

 

◎「思春期の最中に母親の死に直面し、人の死・生命の意味など強く意識した。そこから興味が生じ行動に出てしまった」桐生正幸(東洋大学教授)

 

◎「母親の死と父親の再婚が自身の孤独感に繋がり、仲の良い家族のいる友人への嫉妬が背景にあるのだ」長谷川博一(臨床心理士)

 

◎「母親を失った喪失感に父親の再婚は二重の感情」新川てるえ(ひとり親・再婚家庭の子供を支援するNPO法人Wink理事)

 

◎「母親の死がきっかけで、周りから孤立し、孤独な自分だけの世界に入り込んでしまった可能性もある」矢幡洋(臨床心理士)

 

◆生活環境の変化が原因という見解

 

◎「一人暮らしによる悩みのはけ口がない孤独感が社会の恨みにつながったのだ」。

また、「極端に冷酷で感情が欠如している」「他人に対して思いやりが乏しい」「先行して動物を虐待している」という点は神戸連続児童殺傷事件の加害者と類似しており、精神病質(サイコパス)といえるとしている。町沢静夫(精神科医)

 

◎「一人暮らしが少女の闇を増大させたのだ」と指摘し、「精神科医が『人を殺しかねない少女がいる』と児童相談窓口に事前に相談したにもかかわらず、少女の名前が匿名だったことを理由に放置したことは重大な犯罪」と児童相談所を批判尾木直樹(教育評論家)

 

◆父の再婚の早さについての見解

 

日本には喪中という慣習があり社会通念上、Xの父親が再婚した時期は早いと見なされ、婚活や再婚の時期の早さが問題視されている。

この問題に関しジャーナリストの吉田明洋は、Xの父が先妻死後すぐのパーティーで5人の女性に名刺を配って口説き始めたこと、それを知人が窘めたところ「俺は独身なんだ」と平然と答えたこと、について、目撃談を紹介している。

また、日刊ゲンダイは、顔なじみのタクシー運転手による、継母のお腹が膨らんでいたという目撃談を根拠に、継母が妊娠していたと報じている。Asagei plusは、再婚前の妊娠の可能性もあるとしている。

 

◎子にとって大きな喪失体験である実母の喪の期間というのは家族で悲しみを受け止めなくてはならない時期であり、本件の再婚までの期間ではそのために不十分であり、また、子供は再婚について何か言っても大人に言い負かされてしまう存在に過ぎないのだと指摘した。魚住絹代(元法務教官)

 

◎2005年の統計を引き合いに出して、再婚者は結婚した男全体の9%強もいて、そのうち、その男に子供がいた例はどのくらいかは知らないがゼロ人や1人ではないはずだとして、再婚の早さに一因を見る見解を退けた。中野信子(脳科学者)

 

◎カミュの小説『異邦人』を引き合いに出して、実母のような親しい者との死別を受け入れなければならない喪の時期に殺人が起こる可能性の高さを指摘し、この時期の再婚もその追い風になったと推測する。片田珠美(精神科医)

 

◎仲の良かった母親が前年10月に他界し、父親は同年5月に再婚。思春期真っただ中の少女の心に、大きなストレスが生じたことは容易に想像がつく。(中略)複雑な家庭環境にあった。(中略)母親が亡くなり、父親がすぐに再婚した。社会的地位の高い父親の分別ある行動とは言えず、心理的虐待を受けた。暴力行為を受けるよりもつらい状態で、深い傷を与える。茅野分(精神科医、銀座泰明クリニック院長)

 

◆それ以前からの問題を指摘する見解

 

◎加害者が2010年に起こした異物混入事件を「見逃せない出来事」と指摘。広木克行(神戸大学名誉教授)

 

◎発達障害と人格障害が合わさった疑いを指摘し、「生まれ育ちの中でむしばまれてしまった心の障害にみえるのだ」と分析。茅野分(精神科医)

 

◎神戸連続児童殺傷事件や渋谷区短大生切断遺体事件と同じ、高学歴家族の異常行動を指摘。北芝健(警察ジャーナリスト)

 

◎2010年の異物混入事件や、2014年3月の家庭内暴力事件(寝ている父親の頭部を金属バットで殴る)の時点で、もなみが要保護児童(児童福祉法第6条の3)に該当することは明白であり、周囲の人が児童福祉法に沿った適切な対応(児童相談所への通告など)を取っていれば事件自体が防がれたであろうと主張。

また、当該地区の教育委員会がまとめた資料を基に、もなみの父親がこれら事件を秘密にするよう関係者に強く迫ったことが通告の妨げとなったことを示唆。毛利甚八(著作家)

 

 

◆もなみの性癖を指摘する見解

 

「女子2人が互いに心を許し合った結果、当人同士で憎しみに変わっていったのでは」「過去の事件の影響を受けた可能性も」と分析。米山公啓(作家、医師)

 

「『遺体をバラバラにしてみたかった』という供述に同性愛的な愛情を強く感じる」と指摘し「『なぜ親友を解体できるのか』ではなく『親友だからこそ解体したかった』と解釈すべき」と分析佐川一政(作家、パリ人肉事件加害者)

 

◆異常者ではないとする見解

 

「サイコパス(精神病質者)などと言うなかれ」宗内敦(臨床心理学者、都留文科大学名誉教授)

 

上記した有識者・専門家の見解のような言葉が耳に入ったら、父親は追い詰められたかもしれませんね。

 

父親の再婚の早さや、一人暮らしをさせたことが事件発生の一因になったかのような意見は、父親にはいたたまれなかったでしょう。

 

生きていてはいけないという気持ちにさせてしまったかもしれません。

 

 

早稲田大学で法律の勉強をしていた兄は退学を余儀なくされ、その後消息不明。

 

義母もマスコミなどに追われ、その後消息不明。

 

 

 

2024年、26歳になったもなみは、医療少年院の収監期限を終え出所するという。

 

国の再生プログラムを受けたもなみは、人間の心を取り戻しているのか?

 

人の本質は、変わらないといわれています。

もなみは今後の人生をどう生きていくのか?

 

 

最期までお読みいただき、ありがとうございました。